日経BP知財Awareness

日経BP知財Awareness トップページへ 企業経営関連記事へ CIPO関連記事へ 政策・法制関連記事へ 訴訟関連記事へ 職務発明関連記事へ

人材育成関連記事へ 産学連携関連記事へ 提言関連記事へ 技術&事業シーズ ニュースリリース イベント・セミナー情報

COLUMN

弁護士 寺本振透氏大学由来の技術への投資にかかるリスク(その5)
教員由来の知的財産権の処理の手法についての提案

西村ときわ法律事務所
パートナー 弁護士
寺本振透



 これまでの議論に鑑みると,大学が保有するように見える教員由来の知的財産権について,それを,企業による投資の対象として考えるためには,その権利の帰属の正当性について不確かな面が極めて多いことがわかる。もっとも,単純に,従来通り,個々の教員が企業と交渉すれば良いではないか,というのも余りにも荒っぽい議論ではある。個々の教員にとって,企業との交渉は必ずしも自ら手を染めたい仕事ではないこともあろうし(かといって,大学に交渉を委ねた結果,教員が大学の事務方から要求される事務作業が膨大になるのでは本末転倒ではあるが),大学としても,今後の研究開発や教育活動の妨げとならないように大学および教員側の権利を確保するような交渉をする必要がある。また,大学にとっては,金儲けがその本来の目的ではないはずではあるものの,大学のリソースを使って創り上げられた知的財産が大きな収益を生む場合には,その一部が大学に還元されるように努力することは,おかしなことではない。
 このような複雑な問題に対する解法がいずれの大学についても共通のものとして一意に決まることなどあり得ないのではないかと思われる。それぞれの大学が,自律的に,適切な解法を見出していくべきであろう。もっとも,それだけ言って投げ出してしまっては,無責任きわまりないから,一つの解法の提案を試みることにしよう。

 まず,関連するそれぞれの当事者(つまり,教員,企業,および大学)の求めるであろう主な要素を整理してみよう※1

教員の側は,例えば,次のような意向を持つことが考えられる。
(1)教員の発明をもっとも適切に実施することのできる企業その他の者に対して発明が実施許諾されることを期待する。あらゆる企業等に対して分け隔てなく実施許諾されることがもっとも好ましいと考えられる場合もあるし,発明の実用化のために十分な資金を投ずることのできる企業等,あるいは,周辺技術を持つ企業等に対して例えば独占的に実施許諾されることがもっとも好ましいと考えられる場合もあると思われる。また,そもそも,論文や学会における発表にとどめ,あえて,権利化しない方が,技術の普及のために好ましいと考えられる場合も多い(あるいは,それが原則であるかもしれない)と思われる。
 
  (2)教員またはその研究室の今後の研究活動を支援することのできる企業等に対して発明が実施許諾されることを求める。かかる支援の方法は,奨学寄付金その他の方法(もちろん,企業等から大学に対して実施許諾料が支払われて,その大半が,教員またはその研究室の今後の研究活動資金として環流するような仕組みも,望ましい方法の一つであろう)が考えられる。
 
  (3)企業等に対する実施許諾の方法は,教員による今後の研究の障害とならないようなものであることを期待する。例えば,特定の企業等に対して有償で独占的に実施許諾をした方が,さらなる研究のための課題がフィードバックされやすい場合には,あらゆる企業等に対して分け隔てなく実施許諾されることは好まれないと思われる。逆に,あらゆる企業等に対して分け隔てなく,また,低額または無償で実施許諾した方が,課題のフィードバックを受けやすいとすれば,そのような方法が好まれると思われる。
 
  (4)大学その他組織を経由して企業等に対する実施許諾をすることそのものには抵抗感がない場合であっても,これら組織から要求されるペーパーワークに忙殺されるのは困る。逆に,これら組織の側で,面倒な事務作業を引き受けてくれるのであれば好ましいと思われる。とりわけ,従前は,いったん企業等から受け取った謝礼などを研究室で使うために,教員自ら奨学寄付金を大学あてに支払っていたところ,企業等からの支払を大学等の側で手配して研究室の費用に配分してくれるならばより好ましいであろう。
 
  (5)より良い研究環境を求めて他の大学,研究機関等に移籍する場合に,移籍先における研究活動およびそのスポンサーとなるであろう企業等との関係を,現在所属する大学によって制約されないことが好まれると思われる。


企業の側は,例えば,次のような意向を持つことが考えられる。
(1)権利を有しているように見える者が,まさに,正当に権利を有していることを求める。その者が原始的に知的財産権を取得していない場合には,原始的に知的財産権を取得した者からその者への権利移転が,適法に,瑕疵のないかたちで行われていることを求める。
 
  (2)将来にわたってコンサルティングを受ける可能性があり,さらなる発明について(直接,または大学やTLO等を経由して)実施許諾を受ける可能性があり,かつ,大学を移ったとしても関係が継続する可能性のある教員との間で,友好的な関係が維持されることを求める。
 
  (3)企業の活動を確実に守ることができるように,特許出願の過程(とりわけ,クレームその他願書の記述,および,審査官との応答。さらには,出願の分割など)に関与できることを求める。
 
  (4)大学が大学として出願を行うか否かの審査を行ったりしているうちに出願が遅れることは避けたい。


 大学の側の意向は,なかなか,整理することが難しい。だが,おそらくは,企業に対する教員の発明の実施許諾から得られる金銭的な成果については,
(1)商業化できるような成果を挙げた教員またはその研究室に対して,さらなる研究推進のための資金配分をすることとともに,
 
  (2)教員による成果も,そもそも大学による様々な資源の提供があってこそ得られるものであることに鑑み,経済的な成果を,他の研究者の研究や学生の教育にも再配分することを求めるのではないかと思われる。


 なお,大学においては,しばしば,大学またはTLO等の機関が教員の利益を守ることができるという主張がなされることがある。しかしながら,そもそも,大学またはTLOと教員とは,利害が対立する関係にあるから,このような主張は正しくない。もし,大学またはTLO等が教員の利益を守るために活動しようとするのであれば,大学またはTLO等が教員から権利の譲渡を受けることがあってはならないはずである※2

 このようなそれぞれの当事者の,相応の合理性があるように見える目的を達成するためには,どのような方法が考えられるだろうか?

(1)まず,教員由来の発明に関する権利を特許化するかどうか,および,特許化しようとする場合には誰が管理するかを決定するイニシアティブは,教員に維持されることが好ましい。
 
  (2)そのうえで,教員が望む場合には,権利の特許化を大学または大学が指定する機関に委ねることが可能であることが望ましい。もっとも,特許化された権利の行使(発明の実施許諾を含む)によって得られる利益について,大学または大学が指定する機関が取得しようとする場合には,取得した利益の一部(その大半である場合も含む)が教員またはその研究室に還元されるときであっても,大学または大学が指定する機関と教員との利害が対立しているのであるから,教員には,大学または大学が指定する機関とは独立の法的な助言者もしくは代弁者が付くことが望ましい。もっとも,教員が個別にそのような助言者もしくは代弁者をやとうことは,彼らの時間的,経済的な余裕からみると困難であることが多いと思われる。


 この問題については,大学が,信託銀行等を用いた制度を利用することによって一定の解決をはかることが可能ではないかと思われる。これは,信託の受託者が,委託者に対する忠実義務(信託法第22条など参照)※3を負うことに着目した手法である。例えば,次のような手法を考えることができる。
(1)大学は,あらかじめ,信託銀行等(TLOは,発明の実施許諾そのものから利益を得る存在であるから,委託者との間で深刻な利益相反をはらむがゆえに,不適格と考えるべきであろう。以下,便宜上,「指定信託銀行等」とでも呼んでおく)と協議し,その大学に所属する教員から特許を受ける権利等の信託を引き受けることを約束しておいてもらう。なお,個々の信託財産の運用とは無関係な金額を,大学から信託銀行等に手数料として支払うことは,個々の信託において受託者に深刻な利益相反を引き起こさないから,可能であると思われる。
 
  (2)教員は,望む場合には,その発明についての特許を受ける権利または特許権を,指定信託銀行等に対して信託することができる。なお,信託の時期は,特許出願前,特許出願後,特許付与後のいずれであってもよいし,企業,大学等との共有となった特許権の持分が信託されてもよいものとする。
 
  (3)なお,教員は,指定信託銀行等との間で,権利の管理方法(特に,審査のプロセスを何れの弁理士に依頼するか,また,弁理士への指図の主導権を誰が--少なくとも指定信託銀行等ではないことを前提としないと信託銀行等も引受けづらいはず--執るかは,極めて重要な課題となろう),権利の行使方法(発明の実施許諾先,実施許諾条件を含む),受益者の指定および利益の配分方法等を協議して,信託条件を定める。指定信託銀行等は,あらかじめ,大学と話し合って,モデルとなる信託条件のメニューを定めておくことが便宜であろう。典型的なメニューとしては,受益者を教員,信託設定時に(より好ましくは,発明の過程において)教員が所属している大学,および,収益獲得時に教員が所属している大学(ただし,交付の方法は,教員が所属する研究室の研究費用に充てるための奨学寄付金)とし,収益の配分割合は,"収益獲得時に教員が所属している大学"への充当をもっとも大きくするものである。
 
  (4)信託にかかる受託者の手数料は,受益者が,教員と(信託設定時の)所属大学との受益割合に応じて負担することとすれば,教員は,その負担を軽くするために,適切な割合の大学への収益還元を配慮する誘因となろう。


 大学は,教員に対して,大学への利益還元を強制すべきではなく,あくまでも,教員が自由意思によって大学への貢献を行うことを期待すべきである。そうでなければ,教員は,研究成果がより自由にさらなる研究に充当できる大学を求めて流出することになるであろう。
 大学のような,個々の教員が自由に研究を行うことが期待される環境においては,そもそも,一律に教員由来の知的財産権を大学に移転させるような仕組みはなじまない。むしろ,ひとつひとつの知的財産権について,教員自身の自由な意思に基づいて,企業等への実施許諾を行う機関への権利移転がなされるような仕組みの方がなじむし,それら権利に対する投資を行う企業にとっても,安心感がある。大学と教員の間で生じ得る(そして,現実にあちこちで生じている)深刻な対立を止揚しなければ,真の産学連携などあり得ない。教員の発明については教員に権利帰属することが多いことを認識しつつ,大学も恩恵を被るようなかたちで利用をする方法を考えなければならない。そのためには,大学は,教員と対立して教員の研究の成果物から生ずる利益を取り合う(具体的には,当該教員の研究室に配分されるのか,大学全体に配分されるのか)のではなく,そのような利益が当該教員の研究室のさらなる研究および教育活動に再度投入されるために動くべきであるし,そのための受け皿をこそ,準備すべきである。

(おわり)


[2006年2月掲載]

<注>
※1: なお,これらの事項については,筆者が業務の過程で知り得た情報のみに基づいている。各大学において,アンケート,ヒアリング等の方法を用いてそれぞれの大学における実態を認識されるべきであろう。
※2: なお,弁護士法第28条に「弁護士は,係争権利を譲り受けることができない。」と規定されている趣旨を今一度振り返るべきであろう。
※3: 四宮和夫『信託法』(有斐閣,新版,1989年)231頁。

西村あさひ法律事務所コラムIndex


知的財産法概説
学者と弁護士とのコラボレーションによる
知的財産法の標準的概説書〜初学者から実務家まで

知的財産法概説

相澤英孝(一橋大学教授)
西村ときわ法律事務所 共編著
弘文堂より好評販売中


ヘルスケア産業はこうすれば立ち上がる

サイト内検索

広告欄

CIPO
CIPO
【特別座談会】 特別座談会
環境技術移転に有効な「WIPO-Green」が始動
〜このままでは日本企業は勝ち残れない

知財ナビ
知財パーソン 知財パーソンの履歴書
知的財産管理技能士から,
知財人材の様々な人物像に迫る

米国知財レター

前川有希子の米国特許Insight

永澤亜希子のパリ発・フランス知財戦略

ブライナ代表 佐原雅史の知財キャリア応援コラム
<過去の連載>
シリーズ:新規事業開拓と知的財産

藤森涼恵の知財show me the money

日高賢治の中国知財最前線

柴田英寿のアントレプレナーシップ論 オープンスクール



日経BP社 TechnoAssociates, Inc.