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新事業強化目指し武田薬品が知財部の活動領域を拡大
ベンチャー買収や共同研究のデューデリなどを担う
[2007/10/15]

武田薬品工業常務取締役の秋元浩氏
武田薬品工業常務取締役
秋元 浩氏
 武田薬品工業がバイオ・ベンチャーの買収や他社などとの共同研究開発を加速,これに伴って知的財産部の活動領域が拡大している。具体的には,企業買収や共同研究開発の際,相手企業の知財面における企業価値や技術価値のデュー・デリジェンス(due diligence:適性評価),買収対象企業との交渉など,これまで知財部があまり関わってこなかった活動にも関与するようになってきた。この背景のひとつとして,同社が生物製剤注1)事業を強化していることが挙げられる。従来,同社が得意としていた化合物創薬とは異なり,生物製剤に関連する技術領域を自社だけの研究開発だけでまかなうことは難しい。それぞれの領域の有望な技術を欧米のバイオ・ベンチャーが保有している場合が多い。同社の生物製剤事業強化のためには,企業買収や共同研究開発が必須であり,これに伴って対象企業の保有技術などに対する知財面からの評価が欠かせなくなってきた。このような活動領域拡大に対し,武田薬品の知財部はどのように取り組んでいるのか。現在の取り組みと今後に向けた課題などについて,同社の研究所長,知的財産部長やMPDRAPアドバイザーを歴任し,現在は常務取締役を務める秋元 浩氏に聞いた。
(聞き手は笹木雄剛=テクノアソシエーツ)
(まとめは品田 茂=日経BP知財Awareness編集)


企業買収は製薬会社にとって重要な事業戦略の1つ
 近年,製薬業界全体のトレンドとして抗体医薬注2)やRNAi注3)といった生物製剤への取り組みが活発化している。実際,欧米などにおいては,近い将来,全新薬に占める生物製剤の割合が25%に達するとの予想もある。製薬大手から大学発ベンチャーまであらゆる段階の企業が参入し,多数の企業が開発競争にしのぎを削っている。このため,製薬大手が物質特許や開発パイプラインの大半を抑えてしまっている化合物創薬分野とは異なり,生物製剤分野では世界の製薬大手である米Pfizer Inc.やスイスF. Hoffmann-La Roche,Ltd.などでさえ知的財産や基盤技術をそれほど多くは保有しておらず,ベンチャーを買収している。各分野の重要技術は,バイオ・ベンチャーや研究機関が,大手製薬企業と伍して分け合っている状況である。
武田薬品工業常務取締役の秋元浩氏 このような生物製剤分野において,われわれも初期の段階から標的探索などを行っていたが,基礎研究段階に留まったため,抗体医薬事業に対する戦略を再検討した。その結果,(1)抗体医薬事業を強化してその割合を引き上げる,(2)抗体医薬事業の強化よりも現主力事業の化合物創薬をさらに強化する,という2つの選択肢の中から,(1)を選択して抗体医薬事業強化することを決めた。
 抗体医薬事業強化のためには,抗体医薬の開発力を強化する必要がある。抗体医薬を開発するためには,(a)標的(病原菌など)の探索,(b)抗体の創出,(c)抗体の改変,(d)抗体の製造,(e)抗体の精製,(f)抗体の製剤という研究・開発・製造の各段階を順番に達成していく必要があり,しかも(a)で探索した技術候補がすべて(f)まで到達して製品に結び付くわけではない。このためできるだけ多くの技術候補を準備し,それらを同時並行で(a)から(b)〜(f)へと進めていく必要がある。
 ところが,このような技術候補や研究・開発・製造体制を社内の保有技術やリソースだけでまかなうのは極めて困難だった。具体的には(a)〜(c)は,社内で比較的多数保有しており,業界内でも優位な立場にあった。しかし(d)〜(f)は乏しく,これらの技術やパイプラインを持っている企業に対して買収や協業を進める必要があった。そこで,われわれは有力な技術を保有するバイオ・ベンチャーに注目し,その企業が持つ知財と研究・開発・製造能力を入手することを目指した。

知財部がデューデリに関与
 買収や共同研究の活発化に伴い,知財部の活動領域が拡大した。研究・開発・製造・営業各部門などと連携して医薬品の製品価値を最大化するといった従来の活動に加え,買収や共同開発の対象企業や技術そのものについても知財面からデュー・デリジェンス・チームへ参画するようになった。さらに,対象企業との交渉などにも,知財部が直接関与するようになっている。このような新しい業務に関与するようになった結果,知財部の活動にも新たな注意事項などが増えてきた。例えばデュー・デリジェンスに関与する場合,(i)対象企業の機密情報へのアクセス,(ii)バイオシミラー(Biosimilar)の存在,などに留意する必要がある。
 (i)に関しては,デュー・デリジェンスを実施する際に対象企業の機密情報を知ってしまい,その機密情報と類似の研究をわれわれが進めていた場合,われわれが特許を出願できなくなったり,出願した場合に対象企業から訴えられたりする危険が出てくる。このため,社内の研究テーマと近い研究を進めている可能性を持つ企業をデュー・デリジェンスする場合には,法律事務所を通してデュー・デリジェンスをするなど,機密情報に直接触れないようにする工夫が必要になる。
 (ii)のバイオシミラーとは,抗体(タンパク質)などの高分子構造の一部分(例えば,糖鎖など)がほんの少しだけ異なるだけで抗体の機能自体はほとんど変わらない生物製剤の物質のことである。最近,このバイオシミラーを使った医薬品の問題が欧米などで顕在化している。バイオシミラー医薬品に対して特許権の効力がどこまで及ぶのかという問題である。抗体医薬の研究開発を進める日本の製薬企業の知財部や研究開発部門にとっては,今後は大きな問題になってくる可能性がある。

強化分野に関する買収や共同研究開発が増加
 このような取り組みの具体的な成果として,2006年11月に米XOMA Ltd.とモノクロナール抗体の創出や改変を目的とした共同研究契約を締結した。この共同研究は現在進行中である。2007年6月には,米Archemix. Corp.と核酸医薬品注4)の1つであるアプタマー医薬品注5)の創製に関する共同研究契約を締結した。以上のようにこれまでは共同研究が中心だが,今後は基盤研究を有するベンチャーなどの買収も積極的に実施していく方向である。
 なお買収や共同研究のための体制を整えたことで,既存の化合物創薬事業にも好影響が出ている。化合物医薬事業の場合は自社のリソースが豊富で生物製薬ほど買収や共同研究の必要性は高くはない。実際,われわれは国際戦略製品と称して拡販している4つの医薬品,糖尿病治療剤「アクトス(一般名:塩酸ピオグリタゾン)」,高血圧症治療剤「ブロプレス(一般名:カンデサルタンシレキセチル)」,消化性潰瘍治療剤「タケプロン(一般名:ランソプラゾール)」,前立腺がん・子宮内膜症治療剤「リュープリン(一般名:酢酸リュープロレリン)」は,いずれも自社開発したものである。
 しかし,このような化合物創薬でも社内で不足する技術の獲得や技術開発の加速のためには買収や共同研究が有用であることは間違いない。すでに技術獲得を目的とした企業買収を2件実施した。2005年2月には,新たな糖尿病治療薬を開発するべく,化合物の設計能力や構造解析に関する技術とパイプラインを持つ米Syrrx社を買収した。続いて2007年3月には,英University of Cambridge発のベンチャーである英Paradigm Therapeutics社を買収した。同社は,基盤技術である遺伝子組み換え技術によってノックアウトマウス注6)を生産し,標的に作用する化合物の開発を進めており,また,われわれとは精神疾患治療薬での共同研究も2005年6月から行なっていた経緯がある。


注1)
生物製剤とは,人体や動物,その他の生物などに由来する細胞や遺伝子などに修飾を加えて合成した医薬品である。

注2)
抗体医薬とは,人間の免疫システムを活用した医薬品である。具体的には,通常は体内で生み出される抗体を人工的に作り,医薬品として精製する。元々は体内物質である抗体を医薬品として利用するために副作用が少ない,癌など特定の病気(抗原)だけに作用するために高い治療効果にピンポイントで作用させることができるなどが期待できる,などの特徴を持つ。

注3)
RNAiとは,細胞に導入したRNAによって相補的な塩基配列を持つ遺伝子(DNA)のタンパク質合成能力の発現を抑制する現象である。「RNA interference」の略。RNA干渉とも呼ばれる。

注4)
核酸医薬品とは,遺伝子の構成成分である核酸(DNAおよびRNA)からできる医薬品である。代表例として,抗体と類似の機能を持つアプタマー医薬品注5)がある。

注5)
アプタマーとは特定の分子と特異的に結合する核酸分子やペプチドであり,この アプタマーを使った医薬品をアプタマー医薬品と呼ぶ。米国ではアプタマー医薬品が認可・承認されている。

注6)
ノックアウトマウスとは,ある遺伝子(の機能)を人為的に欠損させたマウスのこと。ある特定の遺伝子が発現しないので,ノックアウトマウスには,その影響により様々な生体反応や現象の変化が表れる。そうした細胞・個体レベルでの変化を詳細に解析していくことで,目的とする遺伝子が生体内でどのような役割を担っているか,遺伝子機能を理解することが可能になる。




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