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[2008/02/22]

アクティブ・ラーニングによる技術移転人材育成
奈良先端科学技術大学院大学の取り組み


 日本の産業活性化の鍵として大学から産業界への技術移転が注目されている。大学からの技術移転には,市場化までの技術開発のほか,技術移転に関連する法務処理にも問題が存在するといわれる。技術移転を積極的に進めようとする大学の姿勢に対して「大学の商業主義化」といった批判があるのは,技術移転に関連する法務(知的財産権)の問題が適切に処理されていない場合があることの表れであろう。
 奈良先端科学技術大学院大学(NAIST)では産学連携活動における人材育成に2003年から取り組んでいる。大学院生を対象にして技術経営教育(management of technology:MOT)を行うほか,同年から技術移転の人材育成プログラムを行っている。地道な活動であるものの,その目的は,知財法務の知識を備えた人材を育成することにより,大学全体の知財レベルを高め,産業競争力向上に貢献できる技術移転を達成することにある。
 時間に制約のある研究者及び大学職員に対して,NAISTではどのような人材育成を行っているのか。今回はNAIST人材育成プログラムの特徴あるポイントを紹介する。吉田と久保の両名はこのプログラムに当初から参加している。吉田は2006,2007年に研修テーマの企画と米国実習を担当した。久保はプログラムの総括を行った。


奈良先端科学技術大学院大学
産官学推進連携本部
客員准教授/弁理士 吉田 哲
POSZ LAW GROUP, PLC(現職)
吉田 哲氏
奈良先端科学技術大学院大学
先端科学技術研究調査センター長
教授/弁理士 久保浩三
久保浩三氏



1.プログラムの概要
 NAISTにおける技術移転人材育成プログラム(以下,研修)の概要をまず説明する。研修の目的は大学で生まれた技術を市場に移転する業務(技術移転業務)を扱える実務家の育成である。研修全体における主たる課題は(1) 技術の権利化,(2)移転先を探すマーケティング,(3)ライセンス契約に関する法務,である。2006年のテーマは“米国への技術移転”であった。2007年は,“米国における契約業務”をテーマに設定し,研修を行った。
 主な対象者は,学生,大学職員,研究者であるが,過去には大学外部からの参加を受け入れたこともある。ただし,2006年と2007年は大学職員だけを対象にした。所属は人事,総務,会計部門などである。大学研究者を補助する役割の技術職員も毎年数名参加している。研修生の多くはこれまで技術移転の業務に携わったことのない人間である。
 このような参加者に対して,通常の業務の合間にゼミ形式の勉強会を週1回程度の頻度で開催してきた(全体の期間は3ヶ月〜6ヶ月)。2006年は吉田がゼミ講師を担当した。2007年はこれまでの研修生の中から2名(研究協力化課産官学推進室事務職員の矢倉徹,同課バイオサイエンス技術職員の塚本潤子)をリーダに任命し,各リーダを中心とする2つのグループ(合計11名)で学習を行った。

2.基本コンセプトはアクティブ・ラーニング
図1:ラーニング・ピラミッドの概念図出展図1出展:Learning Pyramid, NTL Institute Applied Behavioral Science
 NAISTの研修は,研修生の積極的な参加を必要とするアクティブ・ラーニングを基本としている(関連資料1)。図1は生徒が学習した際の記憶の定着率の概略を示すものであり,ラーニング・ピラミッドと呼ばれる(4段階に簡略化:関連資料2)。学習活動において「読む,聞く」といった受動的な活動(Passive)は,三角形の上側に位置し記憶の定着は低いことを示している。一方,「話す,使う/教える」といった情報を発信する活動(Active)は,三角形の底辺側に位置し記憶の定着率が高まる点が報告されている。
 NAISTの研修は,このアクティブ・ラーニングを基本コンセプトに構成している。その意図は,研修生に学んだ知識を発信する機会を与えることで,その情報の定着/理解を深めてもらうことである。

3.研修の特徴
 アクティブ・ラーニングのコンセプトのもと,研修における2つの特徴を紹介する。第1の特徴は,下から上に向けての学習方法である。下から上とは,できるだけ具体例に基づいた課題から勉強を始め,少しずつ知識を積み上げて法律や規則を理解する方法である。第2の特徴は,個別の課題設定である。研修生は各自が異なった課題を持ち,その担当課題について責任をもって勉強する。他の研修生の分野については,定期的な報告会や報告書を通じて理解する構成となっている。

3.1. 【特徴1】下から上に向けての学習
 第1の特徴は,下から上に向けての学習スタイルである。

◆まず興味を持ってもらうこと
 下から上のスタイルを採用した理由は,技術移転に対してまず研修生に興味を持ってもらうことが必須だからである。映画監督,宮崎 駿氏は「入り口は低く広くて・・・,出口は高く・・・」と自分の作品を説明している。これは映画の最初はだれにでも興味を持ってもらえるようにやさしい構成とするものの,映画全体を通じたメッセージは決して安易なものではあってはならない,という映画へのこだわりと考える。この考え方は,知財教育を行う際にも,重要であろう。そもそも知的財産制度など関係者以外に興味ある分野とは思えない。技術移転の人材には,法務のほか,マーケティングや交渉など多様な知識が要求されるものの,研修の最初は,少しでも技術移転の実務に興味をもってもらうことを優先すべきである。

◆世の中の動向や実務の課題を紹介する
 知財に興味を持ってもらうためには,世の中の動向や実務の問題点を知ってもらうことがよい刺激といえる。2007年の研修では,(a)OSS(Open Source Software:オープン・ソース・ソフトウエア)のライセンス,(b)MTA(Material Transfer Agreement: 物質移転契約),の2点の“契約”に興味を持ってもらった。
 (a)に関しては,Linuxを初めとするOSSが普及している現状から,ソフトウエア契約に関する問題点に興味を持ってもらった。(b)に関しては,ライフ・サイエンスの分野において,細胞などの試料の受け渡し時における所有権の取り扱いや事故時の責任問題など,どのような問題/リスクが潜んでいるのか?そのような現状に対して大学知財部はどのような対策を採っているのか?などの問題点を理解してもらうことでMTAに興味を持ってもらった。
 学習の具体的手法として,契約がテーマであれば,はじめに実際の契約で用いる様々な規定を紹介する。次に,どうしてその規定が必要なのかを考えてもらう。その規定がなかった場合のトラブルを紹介する。一例として,改良発明の取り扱い規定であれば,提供した技術の改良発明に特許を取得されてしまい,自分達のその後のライセンス活動に支障が生ずる場合である。そして,さらに高いレベルとして,改良発明の取り扱いにあまりに強引な要求をした場合には,独占禁止法に違反する点や,その判断基準には公正取引委員会のガイドラインが有効である点を教える手法となる。

3.2. 【特徴2】研修生ごとに個別の課題を設定
 第2の特徴は,各研修生に個別の課題を設定する点である。

◆学習責任の自覚
 個別の課題を設定する理由は,各自の担当を明確にすることで学習する責任を研修生に自覚してもらうことにある。全体に1つの課題を与え,グループとしての成果を要求すると,多くの場合において一部の研修生だけが頑張ることになる。これでは,すべての研修生の能力向上に結び付かない。そこで,各自に異なる課題を与え,その課題について責任をもって発表,報告書を作成させている。研修生の負担は大きくなるが,実名で報告する点などは,学習意欲を高める点で非常に効果的である。

◆課題の適切な範囲
図2:ライセンス料算定から派生する留意事項例
ライセンス料算定から派生する留意事項例
 個別の課題設定の難しさは,適切な課題の設定といえる。1人の課題として“日本の特許制度”のようにあまりに広い課題を設定したのでは,実務上の興味ある問題点まで到達できず,研修当初に学習意欲を失うおそれが大きい。一方,あまりに狭い課題では技術移転の実務者として力不足になってしまう。この問題について,これまで研修を運営した経験からは,少し狭い課題であっても問題はないといえる。研修生の知識は設定された課題だけに終ることはないからである。例えば,「ライセンス料をどのようにして定めるのか?」という課題を設定した場合,その学習内容は多岐に及ぶ。まず,ライセンス料の決定はどのようにして行われているのか(一例として,業界標準の参照)ということを勉強する必要がある(図2)。支払方法として,一括支払や歩合支払などが存在することも知る必要がある。さらに,ライセンス料の問題は契約締結で終るのではなくその後のモニタリングが必要である点や,海外の大学との有償契約であれば為替や税金(租税条約)など勉強すべき内容が広がっていくのである。下から上への学習方法に通じることだか,研修生には小さな実例を基礎として,知識の枝を伸ばしてもらうことを期待している。

◆「互学互修」のコンセプト
 これまでの研修において,研修生の知識レベルがあるレベルにまで到達すると,研修生がお互いに教えあう関係に至った。上述のラーニング・ピラミッドが示すように他人に教える機会というのは,知識の定着として最も効果的な学習方法といえる。研修生同士が教えあう環境は,東京大学先端科学技術センター特任教授の妹尾堅一郎氏が,「互学互修」として,異なる専門性を備えた人材によるラーニング・コミュニティ(学びの共同体)の重要性を説く点と共通する(関連資料4)。
 学習メソッド“Team-Based Learning”でもグループ学習の成果として,研修生同士が教えあう関係にいたる点が報告される(関連資料5)。また,米国のビジネス・スクールでは,社会人経験のある学生が優先的に採用される場合があるといわれる(関連資料6)。その理由は,生徒にはそれぞれの社会経験に基づく知識を使って授業への貢献が期待されているからといわれる。研修生には授業を聴講してもらうだけでなく,積極的に発言してもらうことの重要性を示す事例であろう。

3.3. 【補足】指導者の役割
 通常,指導者は知識伝達が主な役割と考えられている。しかし,アクティブ・ラーニングでは知識を学びその情報発信を行う主役は研修生である。指導者はあくまでも学習の補助者である。指導者の具体的な役割は以下の点である。
 (i)課題に興味をもってもらえられるよう研修生に刺激を与えること
 (ii)設定した課題に対して適切な資料(書籍)を紹介すること
 いったん回りだしたエンジンが燃料の続く限り走り続けるように,研修生の好奇心に刺激を与えることに成功すれば,指導者の役割はおおむね終わりといえる。その後は,研修生の進捗状況を見守り,助言を与えることが中心となる。
 発明者の認定要件(ラボノートの取り扱い)を課題に半年間学習した研修生の例では,指導者が提供した資料だけではなく,自分で見つけた論文や米国判決などを報告書に盛り込んでいた。狭い範囲であるものの,その分野については指導者側よりも深い知識を得るに至った。

4.これまでの成果(報告書,英語でのプレゼンテーション)
 NAISTの研修のこれまでの成果としては,研修生が作成した報告書があり,それらをWebで公開している(報告書2005年2006年)。特に,2006年では,知的財産の初学者を含む6名の研修生がわずか3ヶ月の準備期間で米国特許事務所を訪問し,個別に質問をするまで成長した。2007年の米国実習では,最終日に全研修生が英語でのプレゼンテーションを行うまでに成長した(関連資料7)。研修生の英語レベルは様々であったものの,発表した内容については,現地弁護士からも「よく調べてある」,「実務上,重要なポイントだ」といったコメントが寄せられた。お世辞も含まれるだろうが,半年前まで技術移転についての初学者であったことを考えると,彼らの知財に関する知識レベルは大幅に向上した。アクティブ・ラーニングを基本とする研修では研修生の負担は大きい。しかし,その負担をクリアした分だけ,研修生の知識,スキルは確実に高まるものと言える。

5.今後の展望
 2005年〜2007年までの研修では,個人単位での学習をメインとしてきた。しかし,研修生同士が教えあう関係をさらに期待するのであれば,各自の課題をより接近させることで,研修生同士がグループを形成するスタイルを試みたい。グループ内での頻繁な情報交換から,より効果的な学習効果が期待できるからである。グループに対する課題と,そのグループ課題に含まれる個別課題の設定については,指導側に工夫が必要だが,上手くいけば大きな成果が得られるだろう。
 相互に刺激する効果をより高めるのであれば,さまざまな専門性を備えた人材の参加が望ましい。経済,法律,技術など,それぞれの専門性を備えた人材でチームを構成することで,お互いの専門分野を尊重する関係が自然に形成されるだろう。この点は研修生だけでなく指導者側にも要求される。今後は,NAIST単独の研修ではなく,多様な大学から研修生と教員が集まることで,個人学習では得られないユニークな成果を期待したい。
以上




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