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「中核事業を支える知的財産戦略をグローバルに展開しています」
柳生一史氏(味の素 知的財産部長)
[2008/08/11]

味の素知的財部長 柳生一史氏
味の素 知的財産部長
柳生一史氏
  味の素は1909年に化学調味料「味の素」を発売して以来,2008年の今年でちょうど100年目を迎えた大手企業だ。食品系大企業となった同社のルーツは,実は創業者の鈴木三郎助氏が東京帝国大学(現,東京大学)の池田菊苗教授から調味料の製造方法の発明を技術移転して起業したベンチャー企業である。日本の産学連携の典型的な成功例なのである。現在の味の素は,食品事業,アミノ酸事業,医薬事業の3本柱を中核事業とする日本を代表する大手企業に成長した。オンリーワンの技術シーズを事業化してある程度成功しながら,中核事業をいくつか育てることに失敗してベンチャー企業のままで終わる企業も少なくない中で,味の素はベンチャー企業から今日の事業基盤を築いた。その理由は,その成長過程に応じた事業戦略と研究開発戦略と知的財産戦略の三位一体を心がけたからにほかならない。最近は,海外の生産拠点を増やし,世界各国で製品を販売していることから,知的財産戦略をグローバルに展開している。その責任者である知的財産部長の柳生一史氏に知的財産戦略について聞いた。

━ 知的財産報告書を公表されていますが,その狙いは。
柳生氏:当社は2004年9月に知的財産報告書第1弾の「知的財産報告書2004」を印刷物とPDFの2通りで公表して以来,毎年度ごとに発行してきました。英語版も発行しています。最新版の2007年度版は2006年4月1日から2007年3月31日までのファクトデータを記載したものです。
 知的財産報告書の発行の目的は当社が知的財産戦略を着実に実行していることを社外に広報することです。同時に当社の社員に対して,自社の知的財産戦略を分かりやすく伝え,同戦略を社内に徹底することも目的の1つです。

━ 研究開発戦略の方向性は。
柳生氏:当社はアミノ酸関連技術の発酵,単体分離・精製,合成,分析評価などをコア技術とし,その応用技術を併せた研究開発戦略の上に,食品とアミノ酸,医薬の3事業を展開する事業戦略を実施しています。当社は研究開発成果から産まれる要素技術を組み合わせて商品を開発する研究開発戦略を実行しています。研究開発費の2006年度の総額は318億円で,ここ5年間は毎年平均で約10億円ずつ増やしています。
 研究開発への投入額は,素材供給事業モデルのアミノ酸関連事業に114億円,認可型の製品供給事業モデルの医薬事業関連に95億円,全社向け基盤研究開発に58億円です。アミノ酸関連事業と医薬事業関連の2つで総額の約70%を占めています。全社向けの基盤研究開発とは次世代事業の基盤技術の研究開発や,全社共通の生産技術の開発などです。次世代事業の基盤技術の研究開発は当社の中核技術を“健康事業”分野に応用するという研究開発戦略の基本方針を反映した内容になっています。

━ 研究開発体制は。
柳生氏:当グループの研究開発体制は,コーポレートの研究開発拠点と各事業を展開するカンパニーに所属するカンパニーの研究開発拠点で構成しています。コーポレートの研究開発拠点は,生産技術開発センターとライフサイエンス研究所,健康基盤研究所の3拠点です。一方,カンパニーの研究開発拠点とは,例えばアミノ酸カンパニーはアミノサイエンス研究所や発酵技術研究所などの5研究開発拠点を持っています。食品カンパニーは3拠点を,医療カンパニーは1拠点をそれぞれ持っています。
 研究開発戦略は「アミノ酸」「健康」「環境」の3つのキーワードの領域に集中投資する計画を実施しています。当社の中核事業であり,中核技術であるアミノ酸の製造技術は,世界のリーダー企業としての地位を保つ努力を続けています。そのためには,アミノ酸の関連情報や他社情報などを丹念に収集し分析して解析し,研究開発面で素早く対応できる態勢を構築しています。こうした努力の成果の1つである「核酸系うま味調味料新製法」が2007年度に日本農芸化学会の技術賞を受賞しました。実用的な価値を高めた点が評価されたと聞いています(注1)。アミノ酸の応用分野としては,食品・医薬用途を中心に新しい効果・効用を探索し続けています。この結果は,アミノ酸サプリメントや新規の医療用製品の製品開発に結び付いています。
 アミノ酸の用途も健康領域が含まれていますが,当社の研究所や各コーポレート研究所などは,健康領域の健康栄養食品の研究開発に取り組んでいます。例えば,特許を保有している新規の天然成分「カプシエイト」を活用し,健康基盤食品を開発し事業化しています。
 環境領域では,当社のグループ全体で環境問題に取り組むことを目指しています。例えば,調味料の「味の素」の主成分であるグルタミン酸ナトリウムは,サトウキビやトウモロコシ,ビートなどを原料として発酵法によって製造しています。その製造工程でできる副生産物の有効利用などを研究開発しています。例えば,タイでは農業分野での資源循環を事業化する子会社を設立し,環境問題の研究開発を実施しています。副生産物の有効利用として,有機質肥料を開発し,これを原料であるトウモロコシなどに用いて,アミノ酸製造の生産システムを資源循環型にしようとしています。

━ 知的財産部の組織上の位置づけは。
柳生氏:当社の知的財産部は本社のコーポレート部門に所属しています。コーポレートの研究開発拠点と同じ位置づけです。当部はグループ全体の知的財産戦略を立案し実行するのが任務です。現在,部員は36人です。研究開発の前段階では,特許マップなどを作成し活用しています。研究開発段階では,研究開発部門の研究開発者などと協力して綿密な知的財産ポートフォリオを作成し運営しています。知的財産活動の関連会社としてアイ・ピー・イー(川崎市)を持ち,特許の維持管理機能や先行調査機能などを担当してもらっています。アイ・ピー・イーでは現在,17人が活動しています。また,医薬品分野は国際出願が重要ですので,医療カンパニーには医療系の特許出願・管理などの専門部署を設けています。最近は,知的財産部への異動を希望する研究開発者が増え,また中途採用でも優れた人材が採用できるようになってきています。
 当社は世界各地にアミノ酸などの製造拠点を持ち,かつ世界中に製品を供給するグローバル経営を実施しています。知的財産戦略も当然,グローバル化しています。米国のワシントンD.C.にある味の素USAと,ロシアのモスクワ市にある味の素・ジェネティカ・リサーチ・インスティチュート,AGRI)に知的財産部の要員を配置し,日欧米の知的財産戦略を協力して進めています。米国拠点には,米国の弁理士資格を持つ日本人社員2人が活動しています。当社の中核技術であるアミノ酸の製造技術である発酵技術の特許出願・管理戦略を共有し,特許を日欧米の3極出願する態勢を整えています。

━ 特許保有件数などの知的財産活動の中身は。
柳生氏:当社の特許保有件数は,2006年度(2007年3月31日時点)で国内特許の保有件数が752件,外国特許の保有件数が3,319件です(図1)。ここ5年間の国内特許の保有件数は約700件台で推移しています(図2)。これに対して,外国特許の保有件数は毎年平均で約230件ずつ増えています。当社がグローバル市場を重視していることを反映したものです。外国特許の事業分野別では,アミノ酸分野が2,074件と大部分を占め,医薬分野が622件と続きます。国内食品分野が386件で第3位です。
 国内特許の保有件数が700件台であまり増えていないのは,毎年特許維持を再検討する棚卸しを行い,3年間に1度は抜本的に特許維持を見直す本格的な棚卸しを実施しているからです。自社や他社の製品や事業に使えないと判断した“休眠特許”は放棄するなど,知的財産の資産管理を適正に実施しています。
 当社はグループ全体で共通の知的財産のライセンスポリシーを定めています。特許や商標などの知的財産は味の素本体が集中管理し,事業を実施するカンパニー会社に特許実施権などをライセンスする方式を採用しています。また,他社への特許実施権のライセンスなども適時実施しています。最近では,研究開発中の新規の糖尿病治療薬と関連化合物の開発と製造販売に関する契約を,2006年8月に三共(現・第一三共)と締結しました。今後は,各ステージの目標として定めたマイルストーン収入や売上げに応じたロイヤリティーなどの収入が入る予定です。

━ 産学連携はどのように。
柳生氏:当社は元々が東大発ベンチャー企業ですから,国内・国外の大学や公的研究機関との産学官連携を重視してきました。中核技術であるアミノ酸の関連研究の振興策として,「Ajinomoto Amino Acid Research Program」を2004年から創設し,アミノ酸研究開発の支援を続けています。これは国内・国外の大学・研究機関の情報収集にも役立っています。最近は,2006年8月に京都大学大学院農学研究科に寄附講座「味の素 食の未来戦略講座」を開講しています。時代を超えた食の在り方を,国内・国外の多方面の教員・研究者と研究開発しながら模索して行きたいと考えています。

(聞き手は丸山正明=日経BP社産学連携事務局プロデューサー)

(注1) 核酸系うま味調味料とは,イノシン酸ナトリウムやウリジル酸ナトリウム,リボヌクレオチドナトリウム などの物質を示す。調味料「味の素」の主成分であるグルタミン酸ナトリウムは,アミノ酸系調味料と呼ばれている。

図1 2006年度(2007年3月31日時点)の特許保有件数
 図1 2006年度(2007年3月31日時点)の特許保有件数(図は味の素が提供)

図2 国内特許保有件数と外国特許保有件数の推移
 図2 国内特許保有件数と外国特許保有件数の推移(図は味の素が提供)

◆インタビューを終えて
 味の素は2008年8月1日に米国ITC(国際貿易委員会)に中国企業グループがある製造特許を侵害したと特許侵害訴訟している経緯として,仮決定結果を公表している。同様の特許侵害訴訟をオランダでも起こし勝訴している経緯がある。味の素の知的財産部は闘う知的財産部なのである。
  同社のルーツとなったアミノ酸発酵技術の基本特許は当然,すでに切れている。アミノ酸ベースの化学調味料(うま味調味料)事業は,国内でもキリンホールディングス傘下のキリンフードテック(東京都中央区),キリンビール系の協和発酵工業,日本たばこ産業傘下のジェイティフーズ(東京都品川区),ヤマサ醤油などの有力企業がひしめき合う激戦区だ。こうした状況で,味の素はアミノ酸の発酵技術を磨く研究開発を続け,知的財産でその優位性を維持しようと努力を続けてきた。
  有力製品を100年間も主力商品として事業を続けるには,事業戦略と研究開発戦略,知的財産戦略の3つが互いに協調し強みを維持するしか手はない。これを実行してきた自信が,味の素にはあると感じさせるものがある。コンブからグルタミン酸ナトリウムを抽出する技術から,トウモロコシなどの原料のでんぷん経由のグルコース(単糖)をグルタミン酸生産菌によって発酵させてグルタミン酸をつくり,ナトリウムと反応させてグルタミン酸ナトリウムをつくる量産技術を確立し,これを知的財産戦略で守っている。独創性に優れた発酵技術を事業化したことが発明(インベンション)をイノベーションに変換した時だった。これが味の素を大手企業に育て上げたといえる。
  アミノ酸発酵技術を国内市場で有力企業同士が互いに磨き合っているということは,厳しい国際市場では他国を寄せ付けない強い事業を維持していると推定できる。化学調味料は日本の独創性を発揮した事業であり続けている。
  なお,味の素は今年度から知的財産報告書を研究開発戦略と一体化したIR(investor relations:投資家向け広報)報告書に一体化させるもようだ。知的財産報告書を4年間発行した実績からの判断のようだ。





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