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米国知財レター

米国社会における特許制度改革の動向(4)
米国におけるパテント・トロール対策及び特許制度改革への提言
(EMVルールの制限,パテント・トロール対策)


[2009/01/28]

奈良先端科学技術大学院大学
産官学推進連携本部
客員准教授/弁理士 吉田 哲
POSZ LAW GROUP, PLC(現職)
客員准教授/弁理士 吉田 哲





 米国議会では,109次議会(2005年‐2006年),110次議会(2007年‐2008年)と続けて特許法改正が議論されたものの今回も改正案が成立するには至らなかった。立法の視点では,米国特許制度改革は停滞しているといえる。しかし,米国社会全体としてはそうとはいえない。連邦最高裁判所含む司法界において,これまでの判例を覆す積極的な判決が出されており,司法界が特許制度改革を進めているといえるからである。特に,近年の判決からはパテント・トロールへの締め付けが明確になってきている。
 本稿では,米国社会における特許改革のこれまでの動きと,今後の展望を紹介すると共に,パテント・トロール対策などに言及する。

6. パテント・トロール対策,及び,特許制度改革への提言
 以上,米国社会における特許法改正の動向,ならびに,パテント・トロールが問題視されている点を紹介した。米国市場で活動する日本企業にとって,パテント・トロール対策は既に深刻な問題といえるだろう。以上の米国社会の動向を踏まえて,今後のパテント・トロール対策,及び,特許制度改革について次の3点を紹介する。
・ 米国社会の動きの認識
・ 特許の価値判断の厳格化
・ 特許保護のあり方

6.1 米国社会の動きの認識
 米国社会は明確にパテント・トロールを締め付ける方向に動いている。この動きについては明確に認識する必要があるだろう。米国代理人であればもちろん知っているはずである。ポイントは,依頼者である日本企業がこの動きを代理人と共有するという点である。
 eBay事件前であれば,例え,特許の有効性や非侵害の可能性が高いとしても,地裁での差止めの可能性を常に意識せざるを得なかった。しかし,eBay事件後であれば,例え,侵害と判断された場合であっても,差止めについては回避でき,ライセンス料だけに集中した交渉を行える可能性がある。また,損害額についても,EMVルールの適用についてはさまざまな批判があり,常にその主張が認められるわけではない。このような社会の動きについては,米国代理人と共有して,交渉に臨むことが望ましいだろう。米国代理人が強気な交渉を望むときに,依頼者がその意図を理解できずに不安に思っているようでは,米国代理人も思うように交渉を進められないと考えるからである。また,パテント・トロール側が依頼者の不安を察するようであれば,調子づかせるきっかけになるかもしれない。
 いたずらに強気の交渉が望ましいとは思わない。しかし,少なくともパテント・トロールのような企業との交渉においては,特許権者側に不利な米国社会の動向を理解した上で交渉戦略を立てることが必要と考える。

6.2 特許の価値判断の厳格化
 次に,社会としてのパテント・トロール対策に言及する。パテント・トロールのビジネス・モデルは,特許の価値とは関係なく,販売差止めや高額の訴訟費用(代理人費用を含む)を前提とし,高額の和解金,もしくは賠償を得ることだろう。米国では,発明の価値以上の高額すぎる損害額を裁判所が認めてきたことが,パテント・トロールのようなビジネス・モデルを生み出したとの指摘がある(上記関連資料5)。
 そうであるならば,パテント・トロールのような活動を社会から消滅させるためには,特許侵害による損害賠償額を見直し,特許侵害による損害額を特許の価値,つまり,社会がその特許から得た利益と等しくするための対策が必要ではないだろうか。極論すると,たとえ有効な特許を無断で実施したとしても,その特許から侵害者が何の利益も得ていない,もしくはその特許が社会に何の技術的,経済的貢献をしていないというのであれば,裁判所はその特許侵害の損害額をゼロ,もしくは極めて低額(一律)とする判断も合理的と考える。少なくとも,このような判断が確立されれば,特許を低額で買い集め,それらの特許で訴訟を行うといった行為は抑制されるものと考える。

補足: 産業界で価値が認められる特許であれば,買い取りの段階で高額となってしまうため,強力な特許のポートフォリオの構築は経済的に困難となる。また,たとえ特許訴訟に勝ったとしてもその賠償は特許の価値に見合うだけとなるため,購入資金の数百倍といった利益を得ることは難しくなる。

 特許の価値判断の厳格化を進めるためには,まず,産業界においてその判断基準を確立する必要があるだろう。さらに,それらがライセンス交渉などで活用されることで,業界内の慣習として利用されることも必要と考える。これまでの損害額の算出において裁判所は業界の慣習を頻繁に活用してきた。もし,業界で確立された特許の価値判断が公平な慣習として認められるようであれば,裁判所も特許の価値判断,損害額の算出時においてそれらの基準を活用することが期待される。なお,筆者の考えであるが,価値判断の基準としては次の2点が重要になると考える。

1)記載要件
 価値判断の1つとしては,特許公報にどれだけ価値ある技術情報が開示されているのかが重要と考える。技術が複雑化した現在において,現行の特許庁が定める記載要件では,特定の技術分野において,技術進歩に対する貢献が不十分と考える。特許制度が開示の代償として独占権を発明者に与えるという前提からも,社会における技術者にとって真に有益な情報が開示されているのか否か,この判断基準は重要になるものと考える。

2)進歩性の程度
 価値判断の2つ目としては,公知技術と比較した技術の飛躍(進歩性)の程度である。日米の特許庁は進歩性の基準を定め公平に運用してきた。その公平性は貴重であるものの,その弊害として,IT分野などでは,技術レベルの低い特許が大量に存在していると考える。どのような特許でも多少の技術の飛躍は認められるだろう。しかし,特許の保護期間は20年間である。特許の価値判断の2つ目としては,20年の保護に見合うだけの進歩性が検討されるものと考える。

 以上説明した価値判断の厳格化の実現には,には,さまざまな問題があると考える。しかしながら,そのような社会実現への活動は,パテント・トロールとの不毛な交渉を今後も継続する事態よりも有意義と考える。

6.3 特許保護のあり方について
 最後に,今後の特許保護のあり方について提言する。特許の価値判断を厳格化し,事案によって損害額を極めて低額にするということは,技術開発のインセンティブを損なうとの意見があるだろう。しかしながら,IT業界では,特許制度がなくても技術は進歩するといわれている。その一例は,オープンソース形式(WIKI)で生み出されたリナックス(WIKI)といえるだろう。同様に,ブラウザー・ソフトに関してオープンソースであるFireFox(無料)のシェアが上昇していると報告される(関連資料21)。この事例なども,オープンソースから生み出されるソフトウエアの技術力が市場で認知されてきた証拠といえるであろう。また,欧州では,ソフトウエアは著作権の保護で十分といった意見も存在する(関連資料22)。日本でも,金融工学の研究者である中央大学教授の今野浩氏,プログラム開発者である江島健太郎氏がソフトウエア特許に対する激しい反論を行っている(関連資料23関連資料24)。特に,江島氏が指摘するソフトウエア特許における義務(情報開示)と権利(20年の独占)のアンバランスの指摘は,おそらく多くのソフトウエア開発者が感じているものではないだろうか。少なくとも,世の中には,特許制度によるインセンティブがなくても技術開発が進む分野があるということである。
 特許制度を強化することだけが,技術開発を促進するのではない。行き過ぎた保護は,技術の連続的な利用を妨げ,社会全体での技術開発コストをいたずらに増加させることになる。パテント・トロールの問題は,まさにその一例といえるだろう。その他,競合他社とのクロス・ライセンスだけのために行われる膨大な特許出願なども,社会全体で膨大な費用と人的資源が消費されているものの,技術進歩に対する貢献は極めて小さいといえるのではないか。パテント・トロールの問題ではないものの,特許が錯綜するIT業界,半導体といった分野では,行き過ぎた特許の保護を抑制する方策が今後の技術進歩を停滞させないために必要になると考える。

7. おわりに
 本稿の前半では,米国社会おいて,司法界が積極的に特許制度改革を進めている点を紹介した。判例主義といわれる“英米法”ならではの動きといえるだろう。また,後半では,今後の動向の予測,パテント・トロールへの対策,並び,今後の特許保護のあり方について言及した。パテント・トロール対策は,IT業界など特定の業界にとって今後も深刻な問題だろう。一研究者の立場からするとずいぶんと壮大な提案になってしまったことに恐縮するものの,パテント・トロールに悩む業界関係者に,少しでも有用な情報を提供できたとすれば幸いである。

※本稿は筆者個人としての意見であり,所属する機関としての意見ではない。

(補足) 関連書籍の紹介
 今後の知財制度のあり方を考える上で重要と思える論文,書籍を紹介する。いずれも,現状の特許制度の歪(ひずみ)を理解させてくれる貴重な資料と考える。
1.玉井克哉,「特許権はどこまで「権利」か」,パテント,59巻 45‐61頁
 米国連邦最高裁におけるeBay事件を題材に,特許侵害の差止のあり方を説明する。その中で,パテント・トロール問題の深刻さにも言及する。米国社会におけるパテント・トロール問題の深刻さを理解する上で貴重な資料。

2.今野 浩,「特許ビジネスはどこに行くのか」,岩波新書(2002)
 不幸にしてソフトウエア特許の問題に巻き込まれてしまった金融工学の研究者が執筆。研究者の視点で,プログラム特許の問題点を指摘する。「特許制度はいったい誰のためのものであるのか?」決して,弁理士をはじめとする知財関係者のための制度ではないはずである。技術進歩の中心である研究者/技術者からの貴重な意見として,知財関係者に必読と考える。

3.スザンヌ・スコッチマー,「知財創出」,日本評論社(2008)
 知財制度は技術開発にインセンティブを与えるものの,その制度設計に問題はないのか。知財制度の効率性をさまざまな視点で検討する。経済学的視点からの説明は,知財関係者に馴染みはないだけに,知財制度のあり方を考える上でユニークな視点を紹介する。その他,知財制度の経済的視点の書籍としてはフリッツ・マッハルプ,「特許制度の経済学(An Economic Review of the Patent System),日本経済新聞社(1975)。マッハルプもまた,経済的視点からの分析を紹介する。少なくとも,特許制度がないとした社会であっても技術開発は進められることを前提に,特許制度の技術進歩への貢献について言及する。原書は1958年に発行されているものの,そこで開示されている分析,視点は現在の特許制度設計にも有用と考える。

4.平嶋竜太,「オープンソース・モデルと知的財産法(先端科学技術と知的財産権,第2章)」,発明協会(2001年)
 オープンソース・モデルによるプログラム開発の現状,問題点を説明するとともに,将来の技術開発の1つの形態になりうる可能性を指摘する。オープンソース・モデルによる技術開発の優位性,将来の普及の可能性を理解するための貴重な資料。

5.松本重敏,「特許権の本質とその限界」,有斐閣(2005年)
 松本は,現行の特許制度の問題点として,特許発明がもたらす付加価値の大小が法的保護の限界に影響していない点を指摘する。そこでは,一旦特許として認められてしまえば,どのような特許であっても差止請求,損害賠償が同じように認められる点を問題視する(考慮されるのは権利範囲を定めるクレーム解釈時)。知財関係者の一部には,公知技術と発明に差異が認められる限り,どのような差異であってもそれを特許で保護することが特許制度として正しい,といった考えがある(進歩性は低いほど望ましい)。そのような政策は社会にとって本当に有効なのか。本書は,特許の過剰な保護がもたらす弊害を見直すうえで貴重な視点を紹介する。

6.マーシャ・エンジェル,「ビッグ・ファーマ(製薬会社の真実)」,篠原出版新社(2005)
 医薬業界にとって,巨額の開発費用を回収する手段として,特許制度の保護が生命線といえる。この点に疑いはないものの,本書は医薬業界が特許を含め,医薬の独占販売期間の延命のためにさまざまな画策を行っていると指摘する。パテント・トロールの問題は,強化しすぎた特許の弊害である。その一方,本書が記述する医薬業界の実情は技術開発成果に対する法的保護が不足している状態を示唆しているといえる。なお,医薬開発に費やされる巨額の費用,研究者の苦労を紹介するものとしては,ロバート・L・シュック「新薬誕生」,ダイヤモンド社(2008年)がある。この2冊は,製薬開発における表裏の面を紹介する。

7.岡本 薫,「著作権とのつきあい方」,商事法務(2007)
 岡本は,文部科学省での官僚としての経験から,著作権法改正が必要であるならば,法律への不満を述べるだけではなく,まず業界としての意見をまとめ,それを政府に伝える必要があるという(第4章,マクロの課題,法律ルールの改正運動)。具体例として,映画業界における「保護期間の拡大」,レコード業界における「無断レンタルを防止する権利」などは,業界としての要望が伝えられたからこそ獲得できた権利とする。特許制度改革も同様であろう。特許制度改革の必須要件の1つとして,業界としての足並みを揃えることの重要性を教えてくれる資料である。


以上





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