日経BP知財Awareness

日経BP知財Awareness トップページへ 企業経営関連記事へ CIPO関連記事へ 政策・法制関連記事へ 訴訟関連記事へ 職務発明関連記事へ

人材育成関連記事へ 産学連携関連記事へ 提言関連記事へ 技術&事業シーズ ニュースリリース イベント・セミナー情報



「IPOはガン治療技術を組み合わせたサービス事業が認められた結果です」(1)
テラ 代表取締役社長 矢崎雄一郎氏
[2009/05/20]

テラ 代表取締役社長 矢崎雄一郎氏
テラ 代表取締役社長
矢崎雄一郎氏

 東京大学の研究成果などを基に起業したバイオ系ベンチャー企業のテラ(tella,東京都新宿区)は,2009年3月26日にジャスダック証券取引所(JASDAQ)NEOに上場した。世界同時不況という金融状況が厳しい中で,大学発ベンチャー企業がIPO(新規株式公開)し,事業を本格化させるための通過点をクリアした点に注目が集まっている。2004年6月に設立された企業が約5年でIPOできた背景には,卓越した事業戦略があった。同社設立の出発点となった研究成果は東大医科学研究所が見い出した新しいガン治療法だったが,その後も他の大学などの研究成果を組み合わせて,優れたガン治療技術群のサービス事業に仕上げた。事業内容を練り上げた起業家としての手腕がIPO成功を導いたといえる。
 矢崎社長は事業の基となったガン治療法の発案者ではない。東大医科学研究所の研究成果である「樹状細胞ワクチン療法」を基に事業計画を立案し,大阪大学や徳島大学など数大学の技術を組み合わせて優れたガン治療技術群に育て上げ起業家だ。大学発ベンチャー企業にありがちな自分の研究成果に固執し過ぎて,事業内容の強化方針を見誤ることがなかったのが成功要因だろう。自分の力で優れたガン治療技術を事業化したいという強い意志が事業内容の強化に働いた結果だろう。ベンチャー企業の経営者としての事業内容をブラッシュアップするポイントを聞いた。



――ガン治療技術を事業とするベンチャー企業を創業したきっかけは。
矢崎 私は元々は外科医でした。医学部を卒業後,大学病院で3年間,外科医として勤務しました。ある時,叔父と叔母がガンで相次いで亡くなり,個々の治療の限界を感じました。2人は比較的若い年齢で亡くなり,新しいガン治療法の必要性を痛感しました。このまま外科医として個々の患者を治療していくことに専念する生き方もあるが,新しいガンの治療法を世に送り出し,多くの医者に治してもらうやり方もあると思いました。
 新しいガンの治療法を開発し,事業化することを漠然と考え始めました。自分の生き方をじっくり考えるために病院を辞め,1999年4月に欧州に旅立ちました。約半年間に及んだ旅行中に自分でなければできないことをやろうと考えました。自分の人生で実現できる事業は何かを考え始めると同時に,自分の人生設計を深く考え始めた時期でもあります。
 日本に戻って何を事業化するかを模索していた時に,経済誌「週刊エコノミスト」の特集ゲノム最前線を読み,ある創薬系ベンチャー企業が設立されたことを知りました。その企業とは,遺伝子ゲノム解析などを基に事業化を始めたヒュービットジェノミックス(東京都千代田区)でした。すぐに同社に連絡をとって訪問し,入社させてほしいとお願いしました。私の熱意が伝わり,入社が認められました。
 同社に2000年11月に入社しました。当初,元医者という経歴から研究開発部門で仕事をするように求められました。私は「経営を学びたいので,経営企画や財務の仕事を担当させてほしい」と懇願し,この我が儘な希望が運良く認められました。とはいっても,医学しか学んだことがない私にとっては,経営の実務はほとんど知りません。無我夢中で働いた結果,まさにOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)で企業経営の基礎を学ばせていただきました。この仕事の中から東大医科学研究所の研究成果を知りました。

――創業の出発点となるガン治療技術との出会いですね。
矢崎 ヒュービットジェノミックスが手がける新規事業を提案する一環として,東大医科学研究所の附置病院長(当時)の浅野茂隆氏にお会いし,あるビジネスプランを提案しました。この時提案したビジネスプランを実現するために「医科学研究所の客員研究員にならないか」とのお誘いをいただきました。会社に戻って上司に相談し,2003年3月に医科研究所の細胞プロセッシング寄附研究部門(メンバーは高橋恒夫客員教授など)の客員研究員に転職しました。
 細胞プロセッシング寄附研究部門は臍帯血(さいたいけつ)移植などの基礎研究として免疫担当細胞などを研究中でした。研究テーマの一つが樹状細胞による細胞治療の可能性を追究するものでした。樹状細胞とは,ガン患者各人のガンの特徴を反映するガン抗原を“覚える”免疫細胞です。覚えたガン抗原情報をリンパ球に伝える“抗原提示”をし,その情報を学習したリンパ球がガン細胞だけを長期間にわたって攻撃します。ガン患者自身のガン抗原を利用し,対象のガンだけを狙って治療するガン治療法です。

――事業化できると直感した理由は。
矢崎 ガン患者自身の免疫細胞を利用するため,副作用がほとんど無いと考えられる点が優れていると判断し,ガン治療技術の事業として成立すると思いました。細胞プロセッシング寄附研究部門の臨床的研究成果から,ガンが小さくなったり消滅したり,進行が止まるなどの有益性が約30%あることが分かりました。同時に,樹状細胞の培養法などの技術を確立しました。この培養法技術のノウハウを保有することが当社の強みの一つです。
 樹状細胞を利用するガン治療技術を提供するサービスを事業化するために,2004年6月にテラを設立しました。もちろん,医科学研究所の細胞プロセッシング寄附研究部門の研究者から同意を得て設立しました。当時の本社は東京都渋谷区恵比寿の自宅でした。資本金1,000万円を工面し,1人で創業しました。
 ガン治療技術の基盤となる樹状細胞培養法はあるレベルのクリーンルームを必要とし,細胞培養装置も決して安くはありません。事業計画の細部を詰めてみると,事業化には当初だけでも億単位の設備投資が必要と見積もりました。このため,事業を実現するには資金調達が大きな課題になりました。研究者としてはそれなりの実力を持っていましたが,企業の経営者としてはまだ駆け出しだった私は,銀行に事業計画を説明し,簡単に融資を断られるという体験をしました。今,考えれば断られるのが当たり前なのですが。

――資金調達の経緯は。
矢崎 当然,創業前から事業計画を練っていました。事業の資金調達で悩んでいたころに,東大がベンチャーキャピタルを設立するらしいと,友人が教えてくれました。しかも,その友人の知り合いが,そのベンチャーキャピタルの設立に参画するというのです。そのベンチャーキャピタルとは,東京大学エッジキャピタル(UTEC,東京都文京区)であり,知り合いとは現在の代表取締役の郷治友孝氏でした。エッジキャピタルは2004年4月に設立されました。郷治氏は経済産業省(当時は通商産業省)を辞めてエッジキャピタルに移り,パートナーに就任したところでした(関連記事)。  郷治氏からベンチャー企業の事業計画について,いろいろな助言を受けました。一緒にテラの事業計画をつくり上げるという感じで,多い時は1週間に数日会って,事業計画を練り上げるためにあれこれ議論しました。その過程では,かなりの紆余曲折(うよきょくせつ)がありました。
 エッジキャピタルは2004年7月にユーテック一号投資事業有限責任組合を設け,その投資先の一つに当社を選び,2005年1月に投資してくれました。この資金調達によって,テラは樹状細胞の培養装置などの設備やシステムなどを用意できた結果,東京都港区白金台のセレンクリニックと,樹状細胞を利用するガン治療技術サービスを技術供与する契約を締結しました。当社の事業の受け入れ先第1号です。同クリニックの医師は樹状細胞を利用するガン治療法の有効性を高める工夫や改良に熱心な方々です。港区白金台は医科学研究所のある場所で,細胞プロセッシング寄附研究部門の研究者から技術面での助言を得やすい場所でした。この契約締結を見込んで,2005年5月にテラの本社を白金台に移しました。

――ガン治療技術サービスを提供する事業は順調にスタートしたようですね。

創業時から事業計画を一緒に練り上げた取締役の堀永賢一朗氏(左),代表取締役社長の矢崎雄一郎氏(中),取締役副社長の大田誠氏(右)
創業時から事業計画を一緒に練り上げた取締役の堀永賢一朗氏(左),代表取締役社長の矢崎雄一郎氏(中),取締役副社長の大田誠氏(右)






ヘルスケア産業はこうすれば立ち上がる

サイト内検索

広告欄

CIPO
CIPO
【特別座談会】 特別座談会
環境技術移転に有効な「WIPO-Green」が始動
〜このままでは日本企業は勝ち残れない

知財ナビ
知財パーソン 知財パーソンの履歴書
知的財産管理技能士から,
知財人材の様々な人物像に迫る

米国知財レター

前川有希子の米国特許Insight

永澤亜希子のパリ発・フランス知財戦略

ブライナ代表 佐原雅史の知財キャリア応援コラム
<過去の連載>
シリーズ:新規事業開拓と知的財産

藤森涼恵の知財show me the money

日高賢治の中国知財最前線

柴田英寿のアントレプレナーシップ論 オープンスクール



日経BP社 TechnoAssociates, Inc.