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いまだ,世界中からひんしゅくを買っている中国のニセモノ。北京オリンピックの開催期間中とその前後,当局の指導もあって影を潜めていた多くのニセモノや海賊版も,現在は市民生活の一部としてすっかり復活を遂げている(写真1)。中央政府のお膝元である北京市内ですら,巨大なニセモノ市場が今でも数多く点在しており,再開発によって雲散霧消していた店が,生まれ変わった近代的なビルの中に,堂々とリニューアル・オープンしている事例もある。 WTO加盟からすでに8年,中国発のニセモノ・コピー品がいっこうに無くならない理由にはさまざまな理由が考えられるが,中国の実情を知れば知るほど絶望観すら湧き上がってくる。 ただ,ニセモノや海賊版のほとんどはニセモノ市場や海賊版ショップでしか売られていないし,価格も本物の数分の1であるため,消費者である中国人や外国人旅行者も「ニセモノ」と分かって購入しているのが一般的である(もちろん本物そっくりのニセモノによって,消費者がだまされるケースも多数ある)。 また,摘発処分権限が与えられている中国地方政府も,かつては地場産業を保護する「保護主義」によってウヤムヤにするケースもあったと見られる。しかし,権利者からの訴えがあれば,中央政府からの強い指示もあって,刑事処分まではしないもののほとんど問題なく処分するようになった。 ニセモノ・海賊版が横行する問題の原因は,法制度の不備というより需要と供給が成立していることにあるため,被害者である権利者は淡々と対応するほかはない。仮に,中国政府に本問題の解決を要請するとすれば,その根底にある「社会の変革」に尽きる。 さて連載2回となる今回は,中国の本質的な商標問題についていくつかの事例を見ながら考えてみたい。 商標制度がほかの知財制度と異なる点は,消費者利益の保護を目的の一つとし,独占的使用を通じて消費者との信用・信頼を醸成することにある。しがたって,ある商標を付けた製品が,粗悪品などであった場合,消費者は2度とその商標が付いた製品を買うことはない。さらには,その製品を買った消費者が発する情報(噂)によって,この製品を買ったこともない多くの消費者も,そっぽを向くことになる。その逆に,素晴らしい商品として一度消費者の信頼を勝ち取れば,他の商品にも同じ商標を付けるだけでヒットさせることができ,消費者から絶大な信用を得て,市場での地位を築き上げることができる。 このように市場の原理に基づけば,本来であれば自然に盗用や盗作は淘汰されるはずであるが,中国における現状を見れば,そうでないことが分かる。上記の理屈が機能するには,消費者の意識を含めた「成熟した社会」が大前提として必要だからだ。欧米で構築された商標制度は,成熟した社会を前提に作られているため,盗用,盗作行為を排除する仕組みが不十分である。 一方,商標制度における問題は,上記のような「不十分な盗用,盗作行為の排除機能」だけではない。より重要な問題は,そもそも悪意の事件が多発するリスクが高い市場において,外国人の正当な権利がちゃんと保護されない事例があることだ。権利があっても丸腰同然ではどうすることもできない。 【事例1】
日本企業によるひらがな商標が認められないということは,すなわち中国では誰でも自由に使えるということであり,結果として同じ日本語商標が付いた「粗悪品」をつかまされる危険を負うのは中国消費者であることを中国政府は理解すべきである。 (写真2:「魚の皮」「さかな味」奇妙な日本語が書かれた中国企業製品。ただし,本事件とは無関係である。) 【事例2】 中国が商標制度を確立したのはわずか26年前(1983年3月施行)である。どの国でもそうであるが黎明期にはさまざまな混乱や失敗が付きまとうのもまた事実である。問題は,過去のミスを素直に認め,善処するかどうかだ。 日本企業B社は,1986年に「〇〇」(漢字二文字)と言う商標を中国で取得した。ところが,B社の商標出願後に類似商品を指定して中国企業が商標出願した「〇〇」と同一の商標が,審査上のミスにより登録(過誤登録)されていたのだ。当時の公告制度にも問題があったため,B社はこの中国企業の商標公告に気付くことができず,異議申立も無効申請もしていなかった。 それから10数年が経ち,B社は登録済みの「〇〇」商標を付けた新しい商標シリーズを出願したところ,本来登録されるはずもなかった中国企業の「〇〇」商標を先行商標として引用され,拒絶されてしまった。B社は,審判請求したものの拒絶維持決定がなされ,北京市中級人民法院,北京市高級人民法院にその決定取消を求めて提訴したが,結局,両裁判所も商標局の拒絶査定を維持した。 B社は,本来後願であるから拒絶されるべきであった中国企業の「〇〇」商標を「無効にすべきだ」と主張したのではなく,B社の先登録の地位を認め,その後のB社出願を登録するように求めただけであった。 しかしながら中国政府も司法も,当時の審査の誤りを認めることはなく,そしてB社の正当な先登録の地位も認めることはなかった。その後,中国商標局関係者は「中国企業〇〇商標を取り消す法的規定は存在しない。したがって今後B社がいくら〇〇商標を出願したとしても,登録することはできない。」と語った。B社はこの怒りをどこにぶつけたら良いのか分からず途方に暮れている。 【事例3】 中国メーカーによるパッケージ・デザインの模倣に頭を悩ませていた日本企業C社は,新たなパッケージ・デザインへの変更を契機に,今後のデザイン模倣を排除するため,一切の文字を省いたそのパッケージ・デザインのみを商標出願した。 そのパッケージ・デザインには多くの特徴的な工夫を凝らしていたが,審査官は何の証拠も示さず「ありふれたデザインであり識別力がない」と問答無用に拒絶した。当然,C社はこの判断を不服として審判請求したが,審判官もまたなんの証拠も示すことなく「ありふれたデザイン」と認定したのである。 このデザインは単純なものではない。中国で販売されている同種製品のどれにも当該デザインと同一・類似のものはなく,出所表示機能として十分な識別力を持っている。意図的に模倣しない限り,第三者が作成したパッケージが本願商標と同一または類似のデザインになるとは常識的に考えてありえない。 にもかかわらず,日本企業の独創的なパッケージ・デザインを中国で商標権として登録することに,何か不都合があるとでもいうのだろうか。登録しない正当な理由があるのであれば,拒絶査定,審決において,明確かつ論理立てて説明すべきである。残念ながら上記のケースでは,いずれのどこを読んでも納得できる説明は見当たらなかった。 中国の実態は,中国政府が時に主張するように,確かにまだ発展途上の部分も多い。しかしながら,既に中国はWTOの主要加盟国であり,2010年中には日本を抜いて世界第2位の経済大国になろうとしている。世界のリーダーとして責任ある行動が求められる立場にある以上,論理的な説明のない「問答無用」は許されることではない。 「青森」商標登録事件を騒ぐ日本のマスコミ 2003年夏,某中国企業による「青森」商標が公告されたことで,日本ではちょっとした騒ぎとなった。日本国政府の支援も受けて,青森県関係者が異議申立をした結果,その後この問題は無事に決着したと報じられた。 しかしながら,そもそも青森県が輸出振興しようとしている農産物に「青森」という商標を付けるとは聞いていない。あくまでリンゴには「むつ」や「ふじ」と表示して販売するのであって,「青森」は日本国青森県産としての表示に過ぎない。したがって,見ず知らずの中国人が青果に「青森」商標を登録したとしても(不愉快ではあるにしても),実害はほとんどなく,騒ぎ立てるほどの問題ではない。そもそも,他人に取られて大騒ぎするなら,なぜ,先に中国に商標出願していなかったのか。そこに全く落ち度はなかったというのだろうか? 日本のマスコミ各社はこの青森事件を,中国の分かりやすいパクリ事件の一つとして報道したかったのであろうが,日本人が日本に出願登録した中国の地名は,北京,上海,桂林,チベットなど昔から多数存在し,あげくの果てには「中国西安 刀削麺」まで登録されている。「青森」で中国側を刺激する意図とその利点はどこにあるのか? 日本の実態も調査せず,お互い様で実害のほとんどない青森事件は大きく報じる一方,上記三つの事例のように決定的に実害のある事件は全く報じないマスコミの報道姿勢や取材姿勢は問題だ。知的財産権は日本にとって重要な問題であるとマスコミ各社が認識しているのであれば,担当記者は制度や実態をしっかり勉強した上で,本当に重要な問題を報道すべきであろう。 日本政府の重要課題 上記三つの事例は,当方が直接知っているごく一部の事例であり,個々の企業が公表していないさまざまな事案が存在するだろうことは容易に推測できる。もちろん多くの冒認出願も問題ではあるが,先に出願しておけば済む問題である。かつ造語やデザイン性のあるものは悪意の盗用であることを主張することで無効にすることも可能である。 しかし,上記三つの事例のような判断をされた場合,個々の企業ではどうすることもできない。企業にとって非常に重要な問題であるが,個別企業による対応には限界がある問題である。 日本政府が「青森」問題で在北京大使館ルートも使いながら全面的にバックアップした以上に,日本国民の利益を保護するため,日本政府はこうした事実の収集にアンテナを張り,そして問題解決に全力を注ぐべきである。 2009年6月7日に開催された「日中経済閣僚対話」において,経済産業大臣の二階俊博氏と中国商務大臣陳徳銘氏との間で知的財産権保護協力に合意し,政府間協議の新設が決定されたと報じられた。こうしたチャネルができたことは大いに歓迎されるが,これをどう生かすかが問われる。模倣問題ばかりに固執せず,ぜひとも上記のような個別事案の解決につなげてもらいたい。 特許庁が進めている「特許審査ハイウェイ」構想に水を差すわけではないが,本構想は,多くの企業関係者にヒアリングしても決して高い評価を聞くことはない。日本政府は,実態をもっと把握し国民が求める権利保護を最重要政策課題として取り組んでほしいものである。
日高賢治氏プロフィール
京都大学農学部卒業後,通商産業省(現経済産業省)特許庁に入庁。審査官,通商産 業省大臣官房企画室企画主任補佐,特許庁総務部総務課課長補佐,技術審査委員,審判部審判官などを経て2001年日本貿易振興会北京センター知財室長,2004年に特許庁に戻り総務部特許戦略企画調整官,2005年特許庁退職。 同年弁理士登録,日高東亜国際特許事務所所長(現在に至る)。 現在は,政策研究大学院大学客員教授,九州工業大学客員教授,早稲田大学外部講師も併任している。 |
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