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米国での特許権の行使が困難に
明細書の作成段階からリスク・マネジメントを

[2009/09/04]


 「米国での特許権行使が難しくなってきている。米国事業を重視するならリスク・マネジメントを施した明細書を作る必要がある」。米国の知財実務に詳しいインスパイア国際特許事務所の弁理士,斉藤達也氏が指摘した。米国最高裁判所(Supreme Court of the United States)は,2007年4月30日に下したKSR対Teleflexの特許権侵害訴訟における判決(KSR判決)の中で,特許の要件の一つである自明性の判断に関して従来から実施されていたTSMテストの厳格な運用を否定,Teleflexの特許を無効と判断した。KSR判決前に成立した特許権であっても,今後の特許権侵害訴訟などではKSR判決以後の基準によって特許性が判断されるため,無効になる可能性が高まると予想されている。米国で特許権を行使するリスクがこれまで以上に高まった形である。米国で事業を展開する企業はどういった点に留意して知財活動を進めればいいのか。
(聞き手は品田茂=日経BP知財Awareness編集)


 KSR判決以降,自明性の判断基準が厳しくなったが,これまで米国では自明性の判断にどのような変遷があったのか。

斉藤氏 特許の自明性は客観的な判断が難しく,米国特許商標庁(United States Patent and Trademark Office:USPTO)の審査官による判断もバラツキが大きかった。
米国最高裁判所は判断を均一化するため,1966年の判決において事実認定基準を判示した(Grahamテスト:図1)。その後も米国最高裁判所はいくつかの判決を経て認定基準を積み重ねてきたが,依然として客観的な判断を下すことは難しかった。

Grahamテスト

そんな中,連邦巡回控訴裁判所(United States Court of Appeals for the Federal Circuit:CAFC)が判断の客観性を高めるべく「TSM(Teaching(教示)-Suggestion(示唆)-Motivation(動機付け))テスト」を判示した。これは,公知の技術を組み合わせて構成された“組み合わせ発明”の審査に使われる。先行する技術文献などに公知の技術の組み合わせに関する教示,示唆,動機付けのいずれかが存在すれば,USPTOは「発明が自明である」と判断し特許を認めない。TSMテストは,当初は弾力的に運用されていたが,徐々に先行文献による証拠を極端に重視して運用されるようになり,次第に運用が厳格化していった。厳格化したTSMテストを否定したのが2007年のKSR判決である。
日本でも同様であるが,米国も常に判断基準について試行錯誤してきたと言える。

 TSMテストの厳格な運用はなぜ否定されたのか。

斉藤氏 TSMテストの厳格な運用は,先行文献を重視しており,(1)審査官の「あと知恵(hindsight)」(注1)による特許不許可の防止,(2)予見性(注2)の向上,といった利点があった。しかし,厳格な運用を重ねていくうちに「教示,示唆,動機付けのいずれかが先行文献に示されていなければ自明性を否定できない」と硬直的に考えられるようになり,自明性の観点から見て低レベルな発明に対しても特許を拒絶することが難しくなっていった。 米国最高裁判所は,「TSMテストは柔軟に運用すれば現在でも有用な判断基準である」としながらもTSMテストの厳格運用を否定することによって,Grahamテストなど従来の判断方法への回帰をUSPTOや裁判所に求めたと言える。注意すべきは,今後の訴訟において裁判所が「TSMテストを柔軟に運用し,既存の特許を改めて判断し直す可能性がある」という点である。
また,このKSR判決を受けたUSPTOは,自明性を否定する際の合理的な理由となる七つの類型(注3)を例示し,今後の自明性の判断の方向性を示した(図2)。

USPTOが示した七つの類型

 KSR判決は,今後の米国での事業活動にどのような影響を与えるのか。
インスパイア国際特許事務所 弁理士 斉藤達也氏
インスパイア国際特許事務所
弁理士 斉藤達也氏

斉藤氏 自明性の判断レベルが高まったことにより,従来技術の組み合わせによる発明は「自明である」と判断され,特許権が取得できなくなる確率が高まるだろう。特に機械やエレクトロニクス分野が大きな影響を受けると予測している。これらの分野の発明は,組み合わせ発明であることが多いからである。特許問題で製品が販売できなくなったり,市場シェアを拡大できなくなるのは米国事業を進める上で,大きな痛手となるだろう。

 企業の知財部門は実務上どのように対応すれば良いのか。

斉藤氏 今後は,既に成立している自社の特許権については,権利行使前に,KSR判決後の基準で自明性を再評価する必要がある。また,他社の特許権に関してライセンス供与を受けている場合でも,自明性を再評価する意義がある。再評価に際しては,再審査制度の活用も一つの選択肢である。
出願準備段階から審査段階にかけては,「自明性の判断をどうクリアするか」の視点で,(ア)上記七つの類型に応じた拒絶理由対応,(イ)予測できる効果(predictable result)を上回る効果の有無,(ウ)逆の提示(teach away)の有無,などに留意した活動が重要になるだろう。
(ア)とは,USPTOが例示した七つの類型に即して対応することである。USPTOから出願に対する“拒絶理由通知”を受けた場合,拒絶理由が七つの類型のいずれに該当するのかを見極め,各類型に応じて応答する。
(イ)は,明細書を作る段階で特に重要になるもので,知財部門と研究開発部門が協力して取り組むべき新しい課題と言える。 USPTOは審査において「予測できる結果を上回る効果」を重視する傾向にある。技術Aと技術Bを組み合わせることで,単なる足し算以上の効果を示すことができれば,自明性の判断をクリアできる可能性が高まる。
従来の特許出願実務では,明細書を作る際に,本願発明に最も近い従来技術(PA1)を特定し,PA1の効果を特定し,その上でPA1の効果を上回る本願発明の効果を明細書に記載していた。今後は,上記効果に加えて,PA1に組み合わせられる可能性のある他の従来技術(PA2)を想定し,「PA1の効果+PA2の効果(=予測できる効果)」を見極めた上で,「当該予測できる効果を上回る効果」を記載できるか検討する。予測を上回る効果とは,“同質であるがより高い効果”や“異質な効果”などである。PA2は想定でよいため,具体的な文献を把握していなければIDS(Information Disclosure Statement)で提出する必要はないと考えられる。
予測できる効果を上回る効果については,出願後に必要に応じて宣誓供述書(Affidavit)で提出することも可能であるが,出願前から検討しておくことが好ましい。特に,上述した機械やエレクトロニクス分野は,組み合わせの効果が予想できることが多いので,この点に注意して明細書を作る企業が増えつつあるが,本作業には時間や手間を要するため重要な特許出願に限っている事例が多い。
ただし,PA2を想定できても,予測できる効果を上回る効果が見つけられるとは限らない。そのときには,本願発明が拒絶されるリスクが高いことを認識し,発明のさらなる下位概念を従属項に記載した上で出願し,特許成立の可能性を高めておくことが好ましい。
(ウ)に関しては,審査官が,複数の先行文献C,Dを引用して「文献Cに記載の要素と文献Dに記載の要素を組み合わせることで本願発明を容易に想到できるため,本願発明は自明である」と特許性を否定した場合,先行文献C,Dの一方に他方との組み合わせを否定するような記述があれば,審査官の拒絶に反論できる。これが“逆の提示”である。日本の進歩性の審査基準における“阻害要因”に近い概念である。

今後,米国での知財実務は様変わりしていくだろう。日本企業にも体制や能力の変化が要求される。


お知らせ
斉藤氏は、知的財産管理技能検定1級対策セミナー「外国特許権利化関連」の講師を担当している。(詳細はこちら


注1:あと智恵(hindsight)
特許出願された発明に対する自明性の判断では,当該特許出願の出願時において当該発明を知らない第三者にとって当該発明が自明であったか否かが問題になるが,審査官は,当該発明を見た後に審査を行うため,当該発明を知らない第三者の立場に立って客観的に判断することが現実的に困難である。これが「あと智恵」と言われる問題である。この「あと智恵」に陥ることを防止するために確立されたテストの一つが,TSMテストである。

注2:予見性
自明性の判断基準が厳格である場合には,その是非はともかく,判断結果の予測精度が高まるという利点がある。

注3:
ただし,これらの類型は非限定なものであるため,当該類型に該当しない理由で自明性を否定される場合がある。






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