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日高賢治の中国知財最前線


日高賢治の中国知財最前線
第5回
危険水域を超えている産業スパイ活動
この危機に日本はどう対処すべきか


[2009/10/08]

(日高賢治=日高東亜国際特許事務所 所長)


 1982年6月,米国発の突然のニュースに日本の産業界に衝撃が走った。日本のH社,M社の社員が米IBM Corp.の最新型ホスト・コンピュータ3081Kの機密情報に対する産業スパイとして逮捕されたのである。
 日本では既に風化してしまった感のあるこの事件も,結局,事件の真相と和解の結果は公表されることはなく,当時日本では米連邦捜査局(FBI)による「卑劣なおとり捜査」と言う米国への反感と,米国では日本に対する不信感と言うしこりだけが残った。  それから25年後の2007年,今度は日本を舞台にした重大な産業スパイ事件が大きく報道された。日本最大手自動車部品メーカーであり,世界最先端の電子制御技術を有するD社の機密情報13万件が,中国人技術者により不正にダウンロードされ国外に持ち出されたのである。しかしながら最終的に容疑者が不起訴処分となったこの事件は,日本の法律および企業の秘密管理の不備を露呈する形となった。

 産業スパイは,政治スパイや軍事スパイと違って,ごく普通の人間がかかわっていることが多いため,なかなかその実態が明らかにされることはない。また,それまで会社に忠実に働いてきた社員が,何らかの要因で機密情報を持ち出すこともある。専門家によれば,日本には少なくとも数千人規模の産業スパイが暗躍しているとまで言われているが,1990年代以降問題となった日本人研究者による韓国メーカーに対する「技術指導」などを含め,「企業秘密を守る」という反省が国家全体として生かされていないのは残念である。


米国の実態
 米国や欧州では2000年半ば以降,中国人による産業スパイ活動に対する強化策を進めている。特に,米国では2006年12月に初の産業スパイ法違反による逮捕者を出し,2007年11月には米議会諮問機関「米中経済・安全保障再考委員会」が,その年次報告書の中で「中国による軍事技術を対象とした産業スパイ行為は米国の技術力に最大の脅威」と位置づけ,不法な技術流出を防ぐために情報機関の予算を増額するよう議会に勧告している。
 同委員会によれば,「米国での中国の産業スパイ件数は毎年20〜30%のペースで増えていると推定。FBIが監視している企業だけでも3000社余りある」とし,「中国の産業スパイ活動による米国企業の被害額は年間450億米ドルにも達する」と推定している。  さらに2008年2月にはFBIが,中国人による米国の軍事機密スパイ事件を2件同時に摘発した。買収された国防総省の分析官1人を含む計4人を逮捕したが,中国側に引き渡されたその情報の中には超大型ロケット「デルタ4型」や,スペース・シャトルなど米国の宇宙航空技術に関する情報もあった,と報じられた。

 米国の軍事機密を狙ったスパイ活動は,米側の監視強化の中でも後を絶たず,司法省当局者は「外国スパイの深刻な脅威は冷戦後も去っていない」と懸念を強めているようである。果たして日本はどうだろうか。


日本企業の被害実態
 当方が知っている日本企業の技術流出事件は,いずれも各社にとって極めて深刻なものである。各社は,事件解決のために多額の費用と多くの時間を費やしているが,思うような結果を得ているとは言い難い。D社事例は,日本国内で採用した中国人技術者による典型的な事例であるが,その他,以下のケースがある。


【現地での典型的事例】
 中国に進出した生産工場の現地化の一環として,有能な中国人社員を製造部門の責任者として配置。日本国内と同レベルの製造ノウハウを教え,現地生産管理を任せていたが,突然退職。後に,中国企業が同日本企業製品とほぼ同じ製品を製造販売。調べたところ,退職した中国人社員が図面,データ,サンプル等を無断で持ち出し,当該中国企業に渡していたことが発覚。

【日本での特殊事例】
 中国固有植物に由来する健康食品開発を決定した日本企業A社は,某大学の著名な教授の推薦を受け,中国人研究者X氏を3年間嘱託研究員として採用。一応の成果が得られた段階で基礎研究を終了し,中国人研究者X氏も退職。実際の商品化までにまだ時間を要したことから,特許出願も留保。それから2年後,商品化開発着手前に特許調査を実施したところ,何と同社研究成果の内容そのものの出願5件が中国の某大学名でなされていることを発見。発明者欄にはX氏の名前があった。


日本企業の対策のあり方と新政権への期待
 経済活動のグローバル化により,日本企業の現地化や外国人研究者の採用は今後もますます加速する。企業の秘密情報をどうやって守るかは基本的に個々の企業の管理問題であり,日本の経営者のさらなる意識改革と対策強化が求められる。しかし,それだけで防げるものではない。
 経済産業省は,D社事件を契機として不正競争防止法を改正し,「秘密情報を不正に持ち出した」だけで刑事処分の対象となるようにしたが,まだまだ対策は不十分だと言わざるをえない。あれほどの対策を講じている米国ですら,次から次へと事件が発覚するのである。世界中から狙われている日本の高度産業技術を守るためにも,政府は産業スパイ取締法をつくって「国家としての姿勢」を世界にアピールし,それを実行あるものとするためにFBIのような専門捜査機関を作って,日々,技術流出防止に備えるべきである。
 外国人産業スパイ活動による米国企業の被害額が年間約4兆円だとすれば,日本もそれに匹敵するだけのものがあると推定するのが自然だ。外国人産業スパイによって失われる日本企業の利益を防ぐことができれば,日本経済はどれだけ豊かになるだろうか。

 鳩山民主党政権は,東アジア共同体構想を提唱し,これまで以上に中国・韓国との連携強化を打ち出している。日中韓の政治的・経済的な連携強化は,国際社会の平和や発展にとって極めて重要であることに全く異論はないが,その前に,失ってはならない日本の財産を守ることが大前提だ。新政権が掲げる「国民生活を守る」ためにも,日本が世界に誇る最先端技術の保護に全力を注いでほしいものである。


日高賢治氏プロフィール
日高賢治氏京都大学農学部卒業後,通商産業省(現経済産業省)特許庁に入庁。
審査官,通商産 業省大臣官房企画室企画主任補佐,特許庁総務部総務課課長補佐,技術審査委員,審判部審判官などを経て2001年日本貿易振興会北京センター知財室長,2004年に特許庁に戻り総務部特許戦略企画調整官,2005年特許庁退職。
同年弁理士登録,日高東亜国際特許事務所所長(現在に至る)。
現在は,政策研究大学院大学客員教授,九州工業大学客員教授,早稲田大学外部講師も併任している。





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