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日高賢治の中国知財最前線


日高賢治の中国知財最前線
第6回(最終回)
特許庁が進める50年ぶりの大改革
迫られる日本の知財への「本気度」


[2009/11/09]

(日高賢治=日高東亜国際特許事務所 所長)


 この1月に特許庁は50年ぶりの制度大改革を目指して,国内外の有識者を集めた「特許制度研究会」をスタートさせた。これまで既に7回の議論を終え,予定では9回の議論を経てとりまとめを行う予定と聞いている。
 特許庁がホームページで公開するその議事録(要旨)を見ると,事務方から提出された資料とともに,時代の変化に合わせた「差止請求権の在り方」や「裁定実施権制度の在り方」をはじめとして,様々な角度から極めて専門的な議論が行われているようである。中長期的視点に立って,多くの専門家が制度の根本を議論する本研究会が,最終的にどのような成果が出されるのか大いに期待される。
 一方,公開されている本研究会概要を見て残念な点を一つだけ挙げるとすれば,今回の議論の出発点,前提となる日本の課題・問題点が明確に提示されていないことだ。単に50年ぶりの大改革というアドバルーンと,ふわふわした現状分析だけで,一体,現在の制度のどこに問題点があり,そして日本が何を目指すべきだとしているのか理解できない。そのため,研究会の論点も散漫かつ総花的な印象を受ける。

政府と企業の間にギャップ
 1980年代以降,世界の知財情勢は大きく変化した。米国による強力なプロパテント政策の推進とWTO体制の発足,21世紀に入ってからの韓国・台湾・中国による猛追などに対し,日本政府の知財政策,個々の企業の知財戦略は,果たしてこれらの変化に十分対応してきたと言えるだろうか。
 確かに,2002年の小泉総理による施政方針演説を受けて知財基本法が制定され,推進本部の設置,毎年数百項目にも及ぶ推進計画の策定など,様々な改革が行われてきたが,果たして日本企業の知財保護に劇的な成果が表れたであろうか。
 この数年来,全国各地の企業知財担当者に対し,毎年決定される推進計画への期待を聞いてみたが,その答えは「全く読んでいない」,「その存在すら知らない」と言う声が圧倒的である。知財制度を利用するのは企業である。霞ヶ関と企業とがこれほどまでに離れていては,政府が掲げる改革など画餅に過ぎない。推進計画の策定が,毎年繰り返される「霞ヶ関だけのお祭り」であるなら,そろそろ止めたほうがよい。

 米国でのやくざまがいの言いがかり的な侵害訴訟,韓国への先端技術の流出,中国によるおびただしい数の模倣品被害の問題解決こそ,日本産業界の最大の課題ではないか。生き残りをかけたグローバルな市場の現実は,倫理や道徳のないルールを無視した行為はあまた存在しても,「友愛精神」などありえないと考えるべきだ。日本企業の最大の経営資源である知財を世界でしっかりと保護するためには,「濫用」と「盗用」を決して許さない知財制度の確立が求められる。
 1990年代以降,米国において特許権侵害訴訟に巻き込まれた日本企業のうち,米国の技術を「故意に盗用」または「明らかな過失」により侵害した企業は,果たしてどれだけいたのか。そもそも正義や道徳に反した日本企業の卑劣な行為は本当にあったのか。また,韓国・台湾・中国企業の製品に,日本の特許技術やノウハウがどれだけ無断で利用されているのか。その結果,表面化していない日本企業の損害・逸失利益はどれほどなのか。
 政府は,まず現在の制度下において起きた事実を正確に把握し,日本企業の利益に反した結果を招いた制度の欠陥を分析した上で,制度改革の議論を行うことが必要だ。偏狭なナショナリズムは無論論外であるが,日本企業に損害や逸失利益があった場合,これを排除するための制度改革,国際交渉を行うことこそ政府の役割である。
 前提となる現下の最重要課題や問題点を分析・整理しないまま,また企業の生の声を聞かないまま「50年ぶりの制度大改革」を論じても,その結果が日本の利益に直結するとは思えない。

新政権の知財戦略と政治主導
 政治主導を掲げて発足した新政権であるが,今のところ知財戦略については明確な方針を打ち出していない。喫緊の課題が一段落したところで,中長期的産業政策についても一つの方向性が打ち出され,その中で基盤となる知財制度についても何らかの方向性が示されるのではないかと期待するが,行政主導で実施されている特許庁研究会の成果は,新政権によってどういう扱いを受けるのであろうか。
 そもそも本研究会は,前長官によって主宰されたものであり,その長官も既に1年の任期を終えてこの夏に退官している。途中から主宰者となった現長官も,これまでの霞ヶ関人事慣行が続くとすれば来年夏には退官となるであろう。
 特許庁は経済産業省の外局であり,長官ポストは霞ヶ関人事における「適格性」から,経済産業省キャリア事務官のうち,熾烈な出世競争に最後まで勝ち残ったナンバー2〜4が,ほぼ1年交代で就任することが慣例となってきた(この夏にテレビ・ドラマ化された「官僚たちの夏」を視聴された方は納得されることと思う)。
 歴代長官は,官僚としての輝かしいキャリアを持ち,優れた行政能力を有し,人間的にも尊敬に値する立派な方が多数ではあるものの,果たして専門機関である特許庁長官としての「適任性」があると言えるだろうか。本研究会に出席している長官は,事務方による入念な事前のレクチャーをもってしても果たして専門委員の議論をどこまで理解できているのか。実体験が無く,他人の話だけを聞いて複雑な制度を理解することには,そもそも限界がある。
 新政権が霞ヶ関人事システムをどのように変えていくのか,いまだに詳細は明らかでないが,政治主導を貫徹するためにも,司の責任者には政権の「大方針」を専門家として実施することが可能な「適任者」を任用すべきであろう。日本が世界の変化に素早く的確に対応するにはそれしかない。むろん,明確な「大方針」があることが前提であるが・・・。

 一方,レーガン政権が掲げたプロパテント政策以降,世界の知財をリードしてきた米国政府知財部門のトップは,常に外部から登用された専門家中の専門家であり,その中核を担う米国特許商標庁(USPTO)長官は政治任用ポスト(次官級)に格上げされた。また先進国入りを目指す中国は,1990年代後半に国家知識産権局を科学技術部の外局から国務院直属機関に格上げし,次官級のトップは専門家である。そして彼らの在任期間は,いずれも4〜5年だ。毎年開催される多くの国際会議の席においても,主要国の中でトップが頻繁に変わり,しかも専門家でないのは日本と韓国ぐらいである。
 世界をリードする米国も,そして日本を追い上げ先進国入りを目指す中国も,専門家をトップに据えて改革を進めている姿は,まさに国家としての「本気」と「気迫」を感じるのである。

最後に
 6月から始まった当コラムの連載も今回で最終回となりました。ありとあらゆる知財事件が発生する中国問題を基にして日本の課題を探ってみました。シリーズの後半は中国問題からやや離れて日本の課題になってしまったかもしれません。当方の主張には多くの異論もあろうかと思いますが,一つの議論の出発点となればと願っています。
 新政権の副総理兼国家戦略担当相となった菅直人氏は,極めて珍しい実務経験のある弁理士出身の政治家です。私を含め,多くの知財関係者が今後の菅氏の手腕に期待していることと思います。
 最後に,この場を提供して下さった関係者の皆様とお付き合いいただいた読者の皆様に感謝申し上げます。



日高賢治氏プロフィール
日高賢治氏京都大学農学部卒業後,通商産業省(現経済産業省)特許庁に入庁。
審査官,通商産 業省大臣官房企画室企画主任補佐,特許庁総務部総務課課長補佐,技術審査委員,審判部審判官などを経て2001年日本貿易振興会北京センター知財室長,2004年に特許庁に戻り総務部特許戦略企画調整官,2005年特許庁退職。
同年弁理士登録,日高東亜国際特許事務所所長(現在に至る)。
現在は,政策研究大学院大学客員教授,九州工業大学客員教授,早稲田大学外部講師も併任している。






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