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前川有希子の米国特許Insight

オープンソース・ライセンスの法的強制力
――Jacobsen vs. Katzer裁判より

Lee& Morse, P.C. (*現在は、Snyder, Clark, Lesch & Chung, LLP所属)
前川有希子

[2009/12/25]


 昨年8月,オープンソース・ライセンスに関する「Jacobsen vs. Katzer裁判」において,CAFC(United States Court of Appeals for the Federal Circuit:米国連邦巡回控訴裁判所)の差し戻し判決が話題になったが,その後,カリフォルニア地方裁判所(CA 地裁)で再び仮差し止め請求が拒絶されることとなった。今回は本裁判について解説したい。

 米国法において,新規な方法の発明者の権利は特許法の下で保護されるが,それを実現するコンピュータ・プログラムコードの作者の権利は,著作権法の下で保護される。著作権所有者の権利とは簡単にいえば,その著作品を複製,または著作品からの派生品を作成し,配布または販売する独占権である。一般的に,著作権が侵害されたとみなされた場合,著作権者は金銭的損害賠償を求めるか,あるいは差し止め請求を行うことができる。
 近年,オープンソース・ライセンスにより,ソフトウエアの開発者は開発したソースコードをウェブ上で一般の人々に公開し,誰でも無料でアクセスできるようにすることが行われてきている。オープンソース・ライセンスの目的は,開発したソースコードの使用を許可する代償として,直接的な経済的利益を得ることではない。開発したソースコードの一定範囲内での使用,変更,配布することを無料で許可する代わりに,そのソフトウエアの改良を行うために世界中から無料で協力を得ることにある。ただし,一般に公開するとはいえ,後述する利益を守るため,著作物であるコンピュータ・ソースコードの使用に,ある一定の制限を設けている場合が多い。Jacobsen vs. Katzer裁判では,オープンソース・ライセンスに設けられた制限が法的強制力を持つかどうかという点が問われた。

CAFC 判決−当該ライセンス条項は,米著作権法の下で法的拘束力を持つ
 Jacobsen vs. Katzer裁判では,公開したコンピュータコードの著作権所有者が,その使用者に対して著作権侵害の下に仮差し止め請求ができるかどうかが問題となった。Jacobsenは模型列車をコントロールするコンピュータ・プログラムコード(JMRI)を,ウェブ上で公開し,一般の人々に無料でダウンロードおよび使用することを許可していた。ただし,そのライセンスには,JMRIの使用を許可する際の条件として,使用者は,ファイルがどのようにいつ変更されたかを示すこと,また,a) 使用者が変更したものを一般に公開すること,b) 使用者の会社あるいは組織内でのみ使用すること,あるいはc) 著作権保有者とともに他の配布法を行うこと,という条項が記載されていた。

 KatzerはJacobsenのコードの一部をコピーし,その販売製品の中で用いていた。しかし,Katzerの製品には,作者名,JMRIの著作権の表示,JMRIの“複製”ファイルであること,オリジナルのコンピュータコードがJMRIであること,オリジナルのコンピュータコードからどのように変更されたかという点についての表示がなかった。すなわち,Jacobsenのライセンスに記されていた上記の条項に従わなかったわけである。そのため,JacobsenはKatzerに対して,契約不履行を訴えると共に,著作権侵害を訴え,仮差し止めを求めた。しかし,CA地裁は,問題の条項はライセンスの範囲を制限するものではないとし,著作権侵害の訴えによる仮差し止めの請求を却下した。そこで,JacobsenはCA 地裁の判決を不服とし,CAFCに上告した。
 CAFCでは,米著作権法の下で上記の条項が,Jacobsenが有する著作権使用を許可する際の制約的条件なのか,または単なる約定なのかということが審理された。米国法において仮差し止めを訴える場合,原告は,本件勝訴の可能性があり,また,仮差し止めがなければ回復不能の損害を被ることを示さなければならない。したがって,通常の契約不履行を訴える場合には,仮差し止めがなければ回復不能の損害を被ることを示さなければならない。しかし,米著作権侵害訴訟の場合,仮差し止めがなければ回復不能の損害を被ることが自動的に仮定されるというルールが適用される場合があった。そのルールに従えば,本件勝訴の可能性があること,すなわち著作権侵害があることが認められただけで,仮差し止めを得られることとなる。
 CAFCは,1)JacobsenのライセンスがJMRIのコピーを許可する際の条件を示すためのものであること,また,2)問題の条項が“provided that” (もし...ならば)という,条件を示すために伝統的に用いられている句で始まっているため,問題の条項は著作権を許可する際の条件とみなされるとした。したがって,JMRIの使用者が問題の条項を満たしていなければ,使用者の行為はライセンスで許可された範囲を逸脱するものとみなされ,著作権侵害に相当するとした。CAFCは,A)本件勝訴の可能性,およびB)回復不能の損害の仮定ができるかあるいは実際に回復不能の損害を被るかという点を審理するよう,CA地裁に差し戻しとした。

CA地裁再審判決−差し止め請求について再び却下
 CAFC判決は,オープンソース・ライセンスが米著作権法の下で法的強制力を持つことを明確にしたとして注目されたが,今年1月に,CA 地裁は再び仮差し止め請求を却下した。CA 地裁は,2008年の「Winter vs. Natural Resource Defense Council裁判」における最高裁判決を基に,仮差し止めがなければ回復不可能の損害を被ることを示す必要性があるとした。つまり,Jacobsenは仮差し止めがなければ回復不能の損害を被るということを示していないので,仮差し止めはできない,とCAFC判決に相反する判決を下したのである。
 なお,Winter裁判は著作権侵害に一切関連しない裁判である。また,自動的に仮差し止めを行うことはできないと判断する際に,公共の利益とのバランスを考慮した判決であったことを考えると,CA 地裁がWinter裁判を拠り所としたことは,多少違和感を感じる。しかし,米最高裁の最近の判決を基にすれば,やはり,著作権侵害裁判だからといって,特別なルールを適用することは出来ないとするのが妥当であろう。例えば,CAFCも引用するにとどめているが,「eBay, Inc. vs Mercexchange, L.L.C.裁判」(2006年)においても,米最高裁は,著作権侵害の場合でも自動的に差し止めが行われることには反対している。したがって,差し止めに関する米最高裁の見解を基にすれば,オープンソース・ソフトウエアの著作権侵害を訴えることはできても,差し止めを可能にするためには,やはり回復不可能の損害を被ることを示さなければならないとするのが妥当であろう。

オープンソース・ライセンスにおける著作権侵害による損害とは?
 では,オープンソース・ライセンスにおける著作権侵害による損害とは何かということが問題となる。上述したように,オープンソース・ライセンスでは無料でアクセス許可を与えているので,金銭的な代償を得ることを目的としていない。しかし,CAFCが指摘しているように,オープンソース・ソフトウエアが無料で配布されるが,プログラムの作者はマーケットシェアや国内外での評価を得ることなどが,著作権者の経済的利益につながると考えられる。ただ,これらの利益は無形であり,推測的でしかない。オープンソース・ライセンスにおける著作権侵害が,これら間接的な経済的利益を損なわせることはある程度予想できる。しかし,差し止め命令を得る条件を満たすほど,著作権侵害によりこれら無形の利益を損ないそれが回復不可能であることを示すことは,非常に難しいと思われる。したがって,実際問題としては,オープンソース・ソフトウエアの著作権侵害を訴えることはできても,差し止めという手段を追求することはかなり困難であるといえよう。



< 著者紹介 >

前川有希子
(まえかわゆきこ),米国ワシントンD.C.弁護士
前川有希子氏日立製作所中央研究所で研究者として医用画像機器の研究開発に従事し,博士号を取得した後,米国に移住した。2002年にPatentAgent,2005年にワシントンD.C.弁護士の資格を取得。現在は,米国大手法律事務所を経て、現在 Snyder, Clark, Lesch & Chung, LLP にて,主に,特許権取得業務,オピニオン(知的所有権に関する有効無効性や侵害に関するアドバイス)ならびにデュー・ディリジェンス(知的所有権,ライセンス,共同研究契約に関する様々な調査)を担当している。
※著者の所属先・肩書きは、本コラム執筆時のものです。






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