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「その知財,本当にその会社が持っている?」
企業価値の査定に知的財産権のチェックが不可欠に

[2010/03/11]


 M&A(合併,会社分割,株式譲渡等を含む企業再編)を実施する際に,その対象会社が持つ知的財産権が「有効に成立しているか」,「その会社が有している権利にどのような問題があるのか」などの点をチェックすることは,企業価値の適正な査定に不可欠である。具体的にはどのような点を注意してチェックすれば良いか,その分野に詳しい西村あさひ法律事務所 弁護士の洲桃麻由子氏に聞いた。
(聞き手は,朝倉博史=テクノアソシエーツ)




――M&Aを実施する際に,その対象会社が持つ知的財産権を確認する作業が重要なのは,なぜですか。
西村あさひ法律事務所 弁護士  洲桃麻由子氏
西村あさひ法律事務所
弁護士 洲桃麻由子氏


 M&Aは対象企業の価値の取得を目的としています。昨今の情報化社会の進展に伴い,知的財産権が企業価値の中で高い比率を占めることもあります。知的財産権は情報財であり物理的に支配できないという特殊性があります。対象会社が有していると想定していた有望な知的財産権を目的としてM&Aを行ったところ,その知的財産権を取得できなかったということも考えられます。 例えば,ある会社を買収したが,創業者の発明した特許権を会社が有していなかったために,(対象会社はこれまで事実上創業者から使用を許諾されていたが)買収した会社の方は,買収後,その特許発明が使えなくなってしまった,というケースもあり得ます。または,買収した会社が保有する特許が,第三者の先願の特許権により無効とされ,第三者から特許権侵害訴訟を起こされることも考えられます。この場合は,特許権を利用しての事業が行えなくなる上,第三者から多額の損害賠償を請求される可能性もあります。 時間と労力,費用をかけてM&Aを実行しても,それに見合う価値がなかったということにならないように,M&A実行前に綿密なデュー・デリジェンス(法的監査)を行う必要があります。


――具体的には,どのような作業を進めることになりますか。

 M&Aには様々な法的手法があり,各手法ごとに注意すべき点は異なりますが,M&A全般に共通する点を挙げれば,まず,M&Aの対象となる会社が保有または使用する知的財産権の特定および確認を行います。登録している知的財産権だけでなく,登録されていない権利や研究開発中でいずれ権利化する可能性があるものについても調査します。特許権のように登録されなければ発生しない権利は,特許原簿などを確認すれば,権利の内容や権利者を確認することができます。しかし,著作権は創作と同時に権利が発生するため,ほとんど登録されていません。その一方で,著作権がその企業の価値を大きく左右するケースもあるので,きちんと権利の内容と権利者を確認する必要があります。
 さらに,自ら権利を取得したものだけでなく,ライセンスを受けた知的財産権についても確認する必要があります。これらの知的財産権をリスト化し,権利者やライセンス条件などを,契約書を確認したり法務担当者にヒアリングしながら確認していきます。


――確認作業の中では,どのような点を注意するのでしょうか。

 保有する知的財産権に関しては,(1)権利・契約の承継,(2)偶発債務対策,の視点でチェックすることが重要です。

 (1)の権利・契約の承継は,「M&A実施後に知的財産権あるいはライセンス契約上の権利が引き継がれるか」という問題で,主として四つのチェックポイントがあります。
 第1に,M&Aの対象となる会社が権利を有しているかということです。対象会社が確かに権利を有しているかを,元々の権利者から対象会社に権利が移転しているか,移転契約が有効か等を含めて,確認します。
 第2に,M&Aの実行に伴う権利の喪失等を規定する契約がないかどうかです。例えば,対象会社がライセンシーとして結んだライセンス契約に「支配権の変動があった場合には解除できる」といった規定があった場合には,株式譲渡,株式交換や株式移転などのように対象会社の支配権(株主)が変動するケースでは,ライセンサーによってライセンス契約が解除されてしまうおそれがあります。この場合には,契約の相手方と話し合い,権利の承継に同意してもらうなどの対処を取ります。
 第3に,買主会社の知的財産権の利用が制限されないかどうかです。例えば吸収合併のケースで,対象会社が結んだライセンス契約に,ライセンサーの競業となる事業を行ってはならないという競業避止義務が規定されている場合,買主会社が元々行っていた事業がその競業に当たると,契約上の義務を承継する結果として,契約違反の問題が生じます。また,対象会社の有するクロスライセンス契約によって,買主会社が保有する既存の知的財産権をライセンサーにライセンスしなければならなくなる事態も起こり得ます。
 第4に,移転の対象となるライセンス契約による権利に効力発生要件や対抗要件が具備されているかどうかです。特許権のライセンスを例に取ると,専用実施権の場合は,登録されていなければ効力が発生しません。通常実施権の場合は,登録なしで効力は発生しますが,登録がされていなければ,第三者に対抗できません。例えば,ライセンスの対象となる特許権を特許権者であるライセンサーが他の者に譲渡してしまった場合,登録がされていないと,ライセンシーである対象会社も,その対象会社の地位をM&A取引により承継した会社も,ライセンス契約上の権利を特許権の譲受人に対抗できないことになります。


――(2)偶発債務対策とは,どのようなことでしょうか。

 M&Aによって予期していなかった債務(偶発債務)を負う事態を避けようということです。まず,前述のように,対象会社の事業で使用されている特許発明などが第三者の知的財産権を侵害していないかということです。もし侵害していたら,M&A取引実行後に買主会社が損害賠償義務を負うことにもなりかねません。このような事態をできる限り避けるには,対象会社に対する訴訟提起の有無だけでなく,警告書や口頭での抗議など第三者からクレームが寄せられていないか等を確認することが重要です。
 また,職務発明の対価の扱いもあります。例えば,合併により取得した特許権が対象会社の従業員の職務発明によるものであれば,合併後にその従業員から高額な補償金の支払請求がなされる可能性があります。対象会社の職務発明に関する社内規定が妥当なものか,過去に従業員とトラブルになった事例はあるか,社内規定通りに対価が支払われているかなどをチェックします。過去の分については,旧特許法35条の適用の可能性がありますから,発明の時期にも注意をする必要があります。


――こうした話は,会社の法務担当や知財担当だけでなく,経営者や技術部門のマネージャも知っておきたいことですね。

 会社の価値を測る上で知的財産権の価値を考慮することは非常に重要です。M&Aの当事者になるかならないかにかかわらず,普段から自社の知的財産権の価値や管理の状況を把握しておくことが大切だと思います。




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