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前川有希子の米国特許Insight

2011年の注目すべき特許裁判(4)
【Board of Trustees of the Leland Stanford Junior University
vs. Roche Molecular Systems】
米連邦政府基金を使った研究で得られた発明は誰のものか?


Terra Nova Patent Law, PLLC (*現在は、Snyder, Clark, Lesch & Chung, LLP所属)
前川有希子
[2011/03/04]
 「2011年の注目すべき裁判」の最終回は、「Board of Trustees of the Leland Stanford Junior University vs. Roche Molecular Systems」裁判である。本件では、米Stanford大学に授与された米連邦政府基金を使った研究に関与したStanford大学の研究者が、権利譲渡について大学および民間企業の各々の同意書にサインしたため、その特許の所有権を巡って争われている。大学や中小企業の研究を支援する目的で制定されたバイドール法注)のもとでの特許権行使の優位関係を米最高裁判所がどのように解釈するのか、注目されている。米国で産学共同研究を行う日本企業にとっても、米最高裁のバイドール法に関する解釈は大いに影響してくると思われる。

Board of Trustees of the Leland Stanford Junior University
vs. Roche Molecular Systems

 本件で問題となった特許は、ポリメラーゼ鎖反応(PCR)を利用して人血内のHIV(ヒト免疫不全ウィルス)を定量的に測定し、抗レトロウィルスの治療効果との相関を得る方法に関するものである。
 この特許に関連する技術は、Stanford大学と民間企業である米Cetus社が共同で開発してきた経緯がある。この特許技術の発明者の一人であるMark Holodniy氏は、Stanford大学の研究所に研究フェローとして加わる際、著作権および特許権同意書(Copyright and Patent Agreement:CPA)にサインした。このCPAには、Holodniy氏がStanford大学またはスポンサーへ発明に関する権利を“譲渡することに同意する(agree to assign)”、と記載されていた。
 その後、Holodniy氏は、PCRに関連する技術を習得し、かつPCRベース分析を開発するために、Cetusを定期的に訪れるようになった。その際、Holodniy氏は訪問者守秘同意書(Visitor’s Confidentiality Agreement:VCA)にサインした。このVCAには、Holodniy氏がCetusで行った研究の結果得られる発明に対する権利をCetusへ“ここに譲渡する(will assign and do[es] hereby assign)”と記載されていた。

 同時期にStanford大学、Cetusおよび他の発明者は、Cetusにより供給されるPCR関連材料および情報をStanford大学が使用することを許可する材料移転同意書(Materials Transfer Agreement:MTA)にサインしていた。MTAには、Cetusにより供給されるPCR関連材料を用いることでStanford大学が得る技術に対して、“Cetusがライセンスを得る”と記載されていた。
 その後、別の民間企業であるスイスHoffmann-La Roche社がCetusの同意書の権利も含めたCetusのPCR事業を買収し、本件で問題となっている技術を用いたHIV検出キットの製造を行った。
 一方、Stanford大学は、本件で問題となっている技術に関して、権利被譲渡者として特許出願を行った。Stanford大学はHIV研究に関して連邦政府基金を受けていたので、バイドール法の下に発明に対する権利を保持することを連邦政府に通知した。そこで、Stanford大学はRocheに対し、特許に対する所有権を主張し、特許の独占的ライセンスをオファーした。しかし、RocheがStanford大学のライセンス・オファーに応じなかったため、Stanford大学はRocheに対して特許侵害裁判を起こしたのである。

 CAFC(United States Court of Appeals for the Federal Circuit:米国連邦巡回控訴裁判所)は、CPAに記載されていた契約用語“譲渡することに同意する(agree to assign)”は、単に将来において権利を譲渡する約束を示しているに過ぎないとした。すなわち、Holodniy氏がCPAにサインしたことだけでは、発明に対する権利がHolodniy氏からStanford大学に譲渡されてはいなかったとみなした。
 一方、CAFCは、VCAに記載された契約用語“ここに譲渡する(will assign and do[es] hereby assign)”は、将来の発明に対する権利を譲渡することを示すとし、Holodniy氏がVCAにサインした現時点において、将来の発明に対する権利をCetusに譲渡したことになり、自身の発明に対する権利を失っているとみなした。従って、CAFCは、Holodniy氏がVCAにサインした後に履行したStanford大学への特許権譲渡は、無効であるとの判決を下した。
 CAFCは、バイドール法が米連邦政府の基金を授与された大学/中小企業と連邦政府の関係を規制するものとし、発明者から大学/中小企業以外の第3者への特許権譲渡を自動的に無効にさせる効力を大学に与えるものではない、という見解を示したのである。しかし、Stanford大学の上訴を受け、米最高裁では、発明者が発明に関する権利を第3者に譲渡することにより、米連邦政府基金を授与された大学がバイドール法の下に有する権利を、一方的に消滅させることができるか、という点について争われることとなった。

 Barack Obama政権や大学、またバイドール法立案者の一人であるBirch Bayh元上院議員は、米連邦政府基金を使って開発された技術の特許所有権に関して、バイドール法の下では米連邦政府または大学が発明者より優位にあるので、発明者は自由に特許権を第3者に譲渡する権利を持たない、という意見を述べている。一方、米知的財産法協会(AIPLA)や産業界の意見としては、特許法の下では発明者が特許の所有権を第一に主張することができ、バイドール法は大学に自動的に特許権を与えるものではないとし、大学が特許権を得るためには、発明者と正規の譲渡契約を結ばなくてはならない、という意見を述べている。
 故意でなくとも、大学との同意書にサインする前後にかかわらず、大学の研究者が共同研究機関としての民間企業と研究成果に対する権利譲渡条項を含む同意書にもサインすることは起こりえる。米最高裁が、米連邦政府基金すなわち米国民の税金を使って開発された技術の特許権を本来誰が有すると判断するのか、興味深い。

米国憲法および特許法は、発明者が発明に関する特許権を有すると定めている。一方、バイドール法では、大学などの非営利団体や中小企業が米連邦政府の基金を用いて研究を行った場合、そこで生み出された発明に関する権利を非営利団体や中小企業が保持する選択権を持つと定めている。もし、非営利団体や中小企業が発明の権利保持を選択しない場合には、米連邦政府が発明に対する権利を受けてもよいとしている。

< 著者紹介 >

前川有希子
(まえかわゆきこ),米国ワシントンD.C.弁護士
前川有希子氏日立製作所中央研究所で研究者として医用画像機器の研究開発に従事し,博士号を取得した後,米国に移住した。2002年にPatentAgent,2005年にワシントンD.C.弁護士の資格を取得。現在は,米国大手法律事務所を経て、現在 Snyder, Clark, Lesch & Chung, LLP にて,主に,特許権取得業務,オピニオン(知的所有権に関する有効無効性や侵害に関するアドバイス)ならびにデュー・ディリジェンス(知的所有権,ライセンス,共同研究契約に関する様々な調査)を担当している。
※著者の所属先・肩書きは、本コラム執筆時のものです。




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