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ファッション、デザイン、文学、絵画、映画の分野で数多くの芸術家が活動し、「メゾンエオブジェ」や「プルミエクラス」といった世界規模の見本市も盛んに開催されるパリ。ルイ・ヴィトンやエルメス、シャネルなどアパレル業界の有名企業のほか、ロレアルやサノフィ・アべンティス、エアバス、トタルなど、他産業の世界的企業も数多く本社を置くこの街では、各社の事業において知的財産権の管理と保護は非常に重要となっている。そのため、ほぼすべての大企業では、知財部のジュリストが複数の弁護士事務所と毎日連絡を取り合い、特許、商標の管理と権利侵害に対する訴訟の戦略を進めている。 日本では、海外での知財戦略というと、盗用行為を防ぐための知的財産の権利化とその運用に重点が置かれがちである。しかし、権利化された知財があえて盗用された場合の訴訟戦略については、各国における司法制度の複雑さ、そして日本人が訴訟をあまり好まないことから、多くは紹介されていないように思われる。特に、日本企業は“和をもって尊しとなす”精神が強い。権利があからさまに侵害され、その証拠がすべて揃っている場合であっても、なんとしても訴訟を避け、安い和解金に応じて問題の解決を図ろうとする傾向がある。 しかし、知財侵害訴訟は迅速かつ効果的に進めることによって、かなりの経済的効果を望むことのできる訴訟であり、日本人は「知財を活かす」ことだけでなく、「知財訴訟を活かす」ことも重視すべきである。特に、フランス法では知財侵害で侵害者の善意は考慮されない。そのため、客観的な侵害の事実と受けた損害額を証明すれば、侵害者に対して巨額の損害賠償と訴訟費用の支払いが裁判所から命じられる制度となっており、知財損害の事実の証拠を有効かつ迅速に収集するための手続きも細かく整備されている。 そこで、今回はフランスにおける知財侵害訴訟の流れを順に紹介する。 ステップ 1)訴訟を起こす条件が満たされているかを確かめる 〔誰が訴訟を提起できるのか〕
侵害者に対して訴訟を起こす権利を持つのは、以下の者である。 〔いつまでに訴訟を起こさなければいけないのか〕 訴訟権者は、産業財産権については侵害行為の時点から、著作権の場合は侵害を知ったまたは知りえた日から3年以内に、以下の手続きを取らなければならない。 フランスでは産業財産権の侵害訴訟は権利者が侵害行為の事実を知らなくとも時効にかかる。例えば、侵害品を製造、販売または使用する者に対する侵害訴訟で、それが何10年も継続した製造、販売、使用であっても、訴訟提起日から3年以上前の侵害行為について損害賠償を請求することはできない。 〔どの裁判所に訴訟を提起するのか〕 知財侵害訴訟は侵害の発生地または被告の居住地の大審裁判所(tribunal de grande instance、日本の地方裁判所にあたる)が専属的に第一審の管轄権を持つが、フランスでは2009年よりフランス特許、欧州特許の侵害訴訟は、パリの大審裁判所のみにしか提起できなくなった。 〔弁護士に依頼しなければいけないのか〕 大審裁判所における訴訟手続は、その県の弁護士会に登録している弁護士の関与が義務的であるため、訴訟権者は必ず弁護士(avocat)に代理される必要がある。弁理士(conseil en propriete industrielle) は、知財侵害訴訟で訴訟権者を代理することはできない。 ステップ 2)権利侵害の証拠収集−侵害物品の差押(saisie-contrefacon) 〔被疑知財侵害物品の差し押さえの申請方法〕 被疑知財侵害物品の差し押さえは、訴訟権者が、管轄する大審裁判所の裁判所長に対し、査定系審理(requete)の形で申請する。査定系審理の手続きは非対審であるため訴状は相手方に通達されず、裁判官の前での口頭弁論はない。裁判所長は申請の内容を審査し、被疑侵害物品の差し押さえの必要性を認めると、被疑侵害品の目録作成や被疑侵害品に関するすべての関係書類の押収、被疑侵害品のサンプルの押収、また被疑侵害品の製造、販売に用いられている道具の押収を命じる決定を下す。 〔執行吏による差し押さえ〕 裁判所長の決定は執行吏とよばれる国の役人(huissier de justice, 英語圏のbailiff)により執行され、執行吏は差し押さえた被疑侵害品や関係書類の目録(調書)を作成する。訴訟権者は、この執行吏の調書をもとに、差し押さえ手続日から20日以内に、侵害者に対して仮差止請求手続、または本案訴訟手続を提起しなければならない。この期間以内に訴訟が提起されない場合には、差し押さえで得られた証拠は無効となり、差し押さえを申請した訴訟権者は被疑侵害人が差し押さえにより受けた損害を賠償しなければならない。 ステップ 3)仮差止請求の提起:レフェレ(référé) レフェレ(refere) とは、フランスの民事の略式裁判手続のことである。 〔産業財産権−仮差し止めのためのレフェレ〕 フランスでは、産業財産権の侵害については2004年の欧州エンフォースメント指令を国内法化する2007年10月29日法以来、仮差し止めのためのレフェレ(refere-interdiction)という迅速な手続が制度化されている。特許に関しては、すでに1984年より仮差止請求が制度化されていたが、本訴でほぼ確実に侵害が認められるほどの証拠の提示が必要とされ、要件が非常に厳しかったため、仮差し止めが裁判所により認められるのは極めてまれであった。この2007年法により要件が緩和され、新たに仮差し止めのためのレフェレとして、特許だけでなく商標権、意匠権の侵害にも仮差止請求手続が一般化されるようになった。 訴訟権者は、管轄の大審裁判所裁判所長(特許の場合はパリ大審裁判所裁判所長)に侵害行為の仮差止請求を行う旨のレフェレの原告の訴状(assignation en refere)を、被告である被疑侵害者に対して、予定された法廷日の遅くとも2週間前までに執行吏を通じて送達する。また、仮差し止めのためのレフェレでは、侵害行為の仮差し止めだけでなく、受けた損害の一部の賠償や、本案訴訟の判決が出た後に、侵害者による損害賠償の支払いを確保するための銀行口座や不動産の差し押さえといった保全措置も請求することができる。 仮差止請求を行う原告の訴状の中では、侵害行為が現実に存在すること、または侵害が差し迫っていることを証明しなければならない。「差し迫った侵害」とは、例えば、フランスで特許権侵害はまだ発生していないがヨーロッパの多くの国でフランスの特許を侵害する医薬品が販売され、フランスの医薬関係者に対し将来の販売が予告されているような場合、また、商標権侵害ではまだ商標と同じ標章がフランスでは商業目的で使用されていないが、商標と同じドメインネームがIndom (ドメインネームのレジストラーの一つ)に登録されたような場合である。こうした場合、仮差止請求が認められれば、フランスにおける同薬品の輸入、製造、保持を禁止する判決や、当該ドメインネームの使用を禁止する判決が下される。 〔著作権−一般法のレフェレ〕 一方、著作権の分野では、この知財法の仮差し止めのためのレフェレは適用されず、民訴法に規定された一般法のレフェレで侵害行為の差し止めを申請する必要がある。この場合、単なる侵害行為の事実だけではなく、侵害行為の差し止めが緊急に必要であること、また差し止め請求が正当であることを訴状の中で具体的に証明する必要がある。 これら知財法の仮差し止めのためのレフェレ、一般法のレフェレいずれの場合も、対審手続であるため、法廷日に大審裁判所所長の前で弁護士が法廷弁論を行う。法廷弁論から侵害行為の仮差し止めを命じる判決が出るまでにかかる時間はおおよそ3週間である。 ステップ 4)本案訴訟(procedure au fond) レフェレで仮差し止めを行った後、訴訟権者は、被疑侵害物品の差し押さえで得られた執行吏の調書、及びその他のすべての知財侵害の証拠をもとに、管轄する大審裁判所に知財侵害の本案訴訟を提起する。 〔本案訴訟の手続〕 知財侵害の民事の本案訴訟を提起するには、訴訟権者が、弁護士を通じて原告の訴状(assignation)を作成し、被疑侵害者に対し執行吏を通じて送達する。訴状では請求の根拠となっている権利の内容とそれに対する侵害が具体的に記述され、かつ被疑侵害者の行為が知財法で各権利につき侵害行為と定義されている行為にあたることが証明されていることが必要である。 知財侵害の民事の本案訴訟で請求できる措置は以下の通りである。 原告は被告に通達した訴状の一部を大審裁判所の書記課に登録し、被告は訴状が通達されてから2週間以内に弁護士を立ててその旨の宣言をしなければならない。案件が裁判所の書記課に登録されると、後日裁判所から法廷の期日が数ヵ月後に定められ、定められた法廷の期日までに当事者間で応訴状(conclusions)が交わされる。 〔善意の侵害者の責任〕 フランス法では知財侵害の場合、侵害者に侵害の意図がない(善意)場合でも、原則的に侵害行為の差し止めと損害賠償の支払いが命じられる。例外的に特許権の侵害に限り、間接侵害者、すなわち侵害品の製造を自ら行わず、侵害品の使用、販売、所持のみを行う者は、侵害の意図がなかった場合には損害賠償責任のみが免除される。善意だったことの証明責任は被告たる間接侵害者にあり、証明できない場合には損害賠償の支払いが命じられる。 〔裁判所の判決の効果〕 法廷で当事者の弁護士により法廷弁論が行われ、それから約1−2ヶ月後に大審裁判所の判決が下される。大審裁判所の判決に不服な当事者は、判決が通達されてから1ヶ月以内に控訴院(cour d’appel)に控訴を行うことができるが、被告に侵害行為の差し止めと損害賠償の支払いを命じる大審裁判所の判決に仮執行(execution provisoire)が付された場合には、控訴は判決の執行を停止する効果を持たず、被告は第一審で命じられた差し止めと損害賠償の支払を行わなければならない。 判決の効果を確実にするため、フランスの知財侵害訴訟の判決には、ほぼすべてアストラント (astreinte、履行遅滞罰金)が付される。アストラントとは、裁判所の判決を侵害者が直ちに履行しない場合に適用される罰金で、不履行1日当たり、または侵害品の製造または販売1個当たり何ユーロと裁判所により定められる。特許侵害訴訟では命じられるアストラントの額は不履行1日当たり何万ユーロにも及ぶ。
< 著者紹介 >永澤亜季子(ながさわあきこ) ミゲレス・ムラン総合法律事務所、フランス共和国弁護士 フランス共和国弁護士(C.A.P.A.)、パリ弁護士会登録。1999年東京大学卒業後、パリの弁護士事務所や国際機関で研修、勤務。2006年パリ第2大学法学修士、2007年フランスの司法試験(C.R.F.P.A.)に合格する。特許事務所や知財専門の弁護士事務所に勤務後、独立してFabienne Goubault弁護士とパートナーシップ。2012年1月からMIGUERES MOULIN総合法律事務所勤務。知財法、商法、労働法、訴訟の案件を主に扱っている。 |
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