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前川有希子の米国特許Insight

「2011年の注目すべき裁判」、その判決結果(3)
「Microsoft v. i4i」裁判

Snyder, Clark, Lesch & Chung, LLP
前川有希子
[2011/09/30]
 2011年2月に「2011年の注目すべき裁判」として、四つの裁判を採り上げた。(1)「Global-Tech Appliances, Inc. v. SEB S.A.」裁判、(2)「Therasense, Inc. and Abbott Laboratories v. Becton, Dickson and Company et al.」裁判、(3)「Microsoft Corp. v. i4i, LP」裁判、(4)「Board of Trustees of the Leland Stanford Junior University v. Roche Molecular Systems, Inc. et al.」裁判である。この5月から6月にかけて、米国最高裁判所および米連邦巡回控訴裁判所(CAFC)において、立て続けにこれらの裁判の興味深い判決が下されたので、各判決について解説する。

「Microsoft v. i4i」裁判
〜米最高裁の基本姿勢は覆されず〜

 「2011年の注目すべき裁判」の一つとして解説したように、「Microsoft v. i4i」裁判の争点は、米国特許法282条の下で特許の無効性を判断するための証拠基準をどう設定すべきかという点であった。米最高裁判所の判決次第では、特許の無効性を立証しやすくなり、特許制度自体を弱体化させる可能性があるとして、知財関係者の間で大きく注目されていた。2011年6月、米最高裁は米Microsoft社の主張を退け、特許の無効性を判断するための証拠基準は“明白かつ確信を抱くに足る証拠(Clear and Convincing Evidence)”とする、と判決を下した。今回は、この米最高裁の判決について解説する。

1. 本裁判の背景
 2009年CAFC(United States Court of Appeals for the Federal Circuit:米国連邦巡回控訴裁判所)は、Microsoftのアプリケーション・ソフト「MS Word」がカナダのソフトウェア・コンサルティング会社i4iの特許技術を使用しているとして、Microsoftに対し約3億米ドルの特許侵害賠償金の判決を追認した。Microsoftはこれを不服とし、米最高裁に上告していた。

 問題となっているi4iの特許は、XMLのようなマークアップ言語を含む電子文書の編集方法に関する特許である。その特許は、メタコードマップとマップ化された文書コンテンツを作成することにより、文書コンテンツとメタコードを分離して保存することを特徴としている。CAFCでの裁判では、Microsoftの「MS Word」が、i4iの特許クレームに記載された電子文書の編集方法を使用しており、i4i特許を侵害していると判断された。
 しかし、Microsoftは特許侵害の訴えに対する抗弁として、i4iが特許申請の1年以上前に、特許クレームに記載された技術を使用した製品を販売していたとし、i4i特許は米国特許法102(b)条(注1)の下で無効であると主張した。米国特許法102(b)条の下では、特許申請書に開示された発明技術が、その特許申請の1年以上前に販売されている場合、発明者は特許を得る権利はない。i4iは特許申請の1年以上前である1993年にi4iの顧客である米SEMI(Semiconductor Equipment and Materials International)のために「S4」というソフトを開発、販売していた。そこで、販売された「S4」がi4i特許のクレームに記載された方法を実施していたか否かということが議論となったのである。なお、「S4」は特許庁でのi4i特許の審査過程において公知例として考慮されてはいなかった。

 Microsoftに対する反論として、「S4」の開発者でもあるi4i特許の発明者たちは、「S4」はSGMLタグを付加、また編集し、電子文書をSGML文書に分割するが、メタコードマップを作成していないので、「S4」は「i4i特許のクレームに記載された方法を実施していなかった」と証言した。一方、Microsoftは、「S4」のソースコードがSEMIのプロジェクト完了後に破棄されていたため、「S4」がi4i特許のクレームに記載された方法を実施していたことを立証するための“明白かつ確信を抱くに足る証拠”を提出することができなかった。

2. 米国特許法282条の解釈
 米国特許法282条は、「特許は有効であると推定されなければならない」とし、また「特許の無効性を確立させる責は特許の無効性を言い立てる側になければならない」と記している。しかし、米最高裁が指摘しているように、米国特許法282条は、特許の無効性を立証するための証拠基準については明確に規定していない。そのため、特許の無効性を判断するための証拠基準をどうすべきかが問題となった。

 Microsoftは、特許の無効性を判断するための証拠基準に関して、次の2通りの主張を行った。一つは、特許侵害訴訟において抗弁として特許の無効性を主張する際、被告は“証拠の優越性(Preponderance of Evidence)”によって陪審員に特許の無効性を確信させればよい、と主張した。もう一つは代案として、少なくとも特許審査の過程において考慮されなかった証拠を根拠として特許の無効性が主張される場合には、その証拠基準として“証拠の優越性(Preponderance of Evidence)”を適用しなければならない、と主張した。
 しかし、米最高裁はMicrosoftのいずれの主張も退け、特許の無効性を立証するための証拠基準は“明白かつ確信を抱くに足る証拠”である、とした。その根拠として、1)米国特許法282条を制定する際、 特許の無効性を立証するための証拠基準をコモンローの基準である“明白かつ確信を抱くに足る証拠”より低くする意図が連邦議会になかったと解釈すること、また、2)従来、各裁判所は“明白かつ確信を抱くに足る証拠”という基準を用いて、特許の無効性を判断してきたこと、を挙げている。

 なお、米最高裁は、米国特許庁の特許性を判断する審査過程において重要な情報のすべてが考慮されていないことが指摘された場合、“特許は有効である”という推定の度合いが弱められるかもしれない、と指摘している。米最高裁は、このような場合は、“明白かつ確信を抱くに足る証拠”という証拠基準を用いても、特許が無効であると陪審員を説得しやすくなるかもしれないと、述べている。
 例えば、裁判の際に新しい提出された証拠が提出された場合、その証拠が特許審査過程において考慮されなかったものであるという点を考慮するよう陪審員に指示してもよい、と述べている。また、陪審員に示された証拠が特許審査の際に米国特許庁によって用いられた証拠と異なる場合、その点を考慮するよう陪審員に指示してもよい、と述べている。実際、米最高裁における裁判において、Microsoftは陪審員にそのような指示を与えることは保証されていると主張していた。しかし、地方裁判所での公判においてMicrosoft側がそのような指示を陪審員に与えることを要望しなかった点を指摘し、米最高裁は陪審員への指示に関するMicrosoftの議論を考慮することを避ける、とした。

まとめ
 本裁判によって、特許の無効性を判断するためには、特許審査過程において考慮されなかった新証拠であろうとも、適用する証拠基準は、やはり“明白かつ確信を抱くに足る証拠”ただ一つということが明確になった。 つまり、最近の一連の米最高裁判決に見られるように、特許を特別に扱うべきできではないという米最高裁の基本姿勢を覆すことはできなかったといえる。
 なお、米最高裁が述べているように、米国特許庁の特許性を判断する審査過程において重要な情報のすべてが考慮されていないことが指摘され、“特許は有効である”という推定が弱められる場合、“明白かつ確信を抱くに足る証拠”という証拠基準を適用しても、特許が無効であると陪審員を説得しやすくなるかどうかは興味深い点である。

(注1 2011年9月16日の米国特許法改正により、102(b)条は廃止になり、同条に対応するものとして、新たに102(a)(1)条が制定されている。

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 ・「2011年の注目すべき裁判」、その判決結果(3)「Microsoft v. i4i」裁判


< 著者紹介 >

前川有希子
(まえかわゆきこ),米国ワシントンD.C.弁護士
前川有希子氏日立製作所中央研究所で研究者として医用画像機器の研究開発に従事し,博士号を取得した後,米国に移住した。2002年にPatentAgent,2005年にワシントンD.C.弁護士の資格を取得。現在は,米国大手法律事務所を経て、現在 Snyder, Clark, Lesch & Chung, LLP にて,主に,特許権取得業務,オピニオン(知的所有権に関する有効無効性や侵害に関するアドバイス)ならびにデュー・ディリジェンス(知的所有権,ライセンス,共同研究契約に関する様々な調査)を担当している。
※著者の所属先・肩書きは、本コラム執筆時のものです。



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