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前川有希子の米国特許Insight

「2011年の注目すべき裁判」、その判決結果(4)
「Stanford v. Roche」裁判

Snyder, Clark, Lesch & Chung, LLP
前川有希子
[2011/11/10]
 2011年2月に「2011年の注目すべき裁判」として、四つの裁判を採り上げた。(1)「Global-Tech Appliances, Inc. v. SEB S.A.」裁判、(2)「Therasense, Inc. and Abbott Laboratories v. Becton, Dickson and Company et al.」裁判、(3)「Microsoft Corp. v. i4i, LP」裁判、(4)「Board of Trustees of the Leland Stanford Junior University v. Roche Molecular Systems, Inc. et al.」裁判である。この5月から6月にかけて、米国最高裁判所および米連邦巡回控訴裁判所(CAFC)において、立て続けにこれらの裁判の興味深い判決が下されたので、各判決について解説する。

「Stanford University v. Roche」裁判
〜米連邦政府基金を使った発明の特許権を誰が有するか〜

 「2011年の注目すべき裁判」の一つである「Board of Trustees of the Leland Stanford Junior University v. Roche Molecular Systems, Inc. et al」裁判では、大学に授与された米連邦政府基金を使って開発された発明技術の場合、バイドール(Bayh-Dole)法の下で特許権を有する者は発明者かあるいは米連邦政府/大学か、という点が争われ注目されていた。2011年6月米国最高裁判所は、バイドール法によって発明者の有する特許権は自動的に大学に移行しないとし、米国連邦巡回控訴裁判所(United States Court of Appeals for the Federal Circuit:CAFC)の判決を追認する判決を下した。今回は、この米最高裁の判決について解説する。

1. 本裁判の背景
 米国の憲法および特許法は、発明者が発明に関する特許権を有すると定めている。一方、米国のバイドール法では、大学などの非営利団体や小企業が米連邦政府の基金を用いて研究を行った場合、その研究過程で考案された発明に関する権利を非営利団体や小企業が“保持する”選択権を持つ、と定めている。

 本件で問題となった特許は、ポリメラーゼ鎖反応(PCR)を利用して人血内のHIV(ヒト免疫不全ウイルス)を定量的に測定し、抗レトロウィルスの治療効果との相関を得る方法に関するものである。この特許に関連する技術は、米Stanford大学と民間企業であるCetusが共同で開発してきた経緯がある。1988年、この特許技術の発明者の一人であるHolodniy氏は、Stanford大学の研究所に研究フェローとして加わる際、著作権および特許権同意書(Copyright and Patent Agreement:CPA)にサインした。このCPAには、Holodniy氏がStanford大学および/またはスポンサーへ発明に関する権利を“譲渡することに同意する(agree to assign)”、と記載されていた。
 その後、Holodniy氏は、PCRに関連する技術の習得、およびPCRベース分析の開発を目的として、Cetusを定期的に訪れるようになった。1989年、Holodniy氏はCetusの訪問者守秘同意書(Visitor’s Confidentiality Agreement:VCA)にサインした。CetusのVCAには、Holodniy氏がCetusで行った研究の結果、得られる発明に対する権利をCetusへ“ここに譲渡する(will assign and do[es] hereby assign)”、と記載されていた。
 また、同時期にStanford大学、Cetusおよび他の発明者は、Cetusにより供給されるあるPCR関連材料および情報をStanford大学が使用することを許可する材料移転同意書(Materials Transfer Agreement: MTA)にサインしていた。MTAには、Cetusにより供給されるあるPCR関連材料を用いることによってStanford大学が得る技術に対し、Cetusがライセンスを得る、と記載されていた。その後、別の民間企業であるRocheがCetusの上述の同意書の権利も含めたCetusのPCR事業を買収し、本件で問題となっている技術を用いたHIV検出キットを製造した。
 一方、1992年にStanford大学は、本件で問題となっている技術に関して、権利被譲渡者として米国特許庁に特許出願を申請した。Stanford大学はHIV研究に関して連邦政府基金を受けていたので、1995年にバイドール法の下で発明に対する権利を保持することを連邦政府に通知した。連邦政府への通知が行われた後、Holodniy氏はStanford大学への特許権譲渡を示す正式書類にサインし、Stanford大学はその特許権譲渡書を米国特許庁に提出した。
 その後、Stanford大学はRocheに対し、Holodniy氏の発明に関する特許の所有権を主張し、特許の独占的ライセンスを申し出た。しかし、RocheがStanford大学のライセンス・オファーに応じなかったため、Stanford大学はRocheに対して特許侵害裁判を起こした。

2. CAFCでの判決
 CAFC は、CPAに記載されていた契約用語“譲渡することに同意する(agree to assign)”は、単に将来において権利を譲渡する“約束”を示しているに過ぎないとした。すなわち、Holodniy氏がStanford大学の用意したCPAにサインしただけでは、発明に対する権利がHolodniy氏からStanford大学に譲渡されてはいない、とみなしたのである。一方、CAFCは、Cetus が用意したVCAに記載された契約用語の“ここに譲渡する(will assign and do[es] hereby assign)”は、将来の発明に対する権利を譲渡することを示す、とした。すなわち、Holodniy氏がVCAにサインした時点において、将来の発明に対する権利をCetusに譲渡したことになり、自身の発明に対する権利を失っている、とみなしたのである。その結果、CAFCは、Holodniy氏がVCAにサインした後に履行したStanford大学への特許権譲渡は、無効であるとの判決を下した。

3. 米最高裁の判決
 米最高裁は、このCAFCの判決を追認し、特許権はRocheが所有するという判決を下した。その判決結果について、米最高裁は次の理由を挙げている。
 まず、特許権は発明者に帰属するものであり、発明者の雇用主がその特許権を得るためには、発明者がその特許権を雇用主に譲渡することを文書で明確に述べなければならないという、基本的なルールがあるとした。
 さらに、米国特許法2182条、20135(b)(1)条および5908条には、連邦政府基金を用いて核材料、核エネルギーに関する発明がなされた場合、その発明に関する権利は米政府に帰属すると明確に記しているが、バイドール法は連邦政府基金を受ける契約をした者(非営利団体や小企業)に特許権が帰属するとは明記していない、という点を指摘している。

 これらの点から、米最高裁は、そもそもバイドール法は、連邦政府基金を受ける契約をした者(非営利団体や小企業)に帰属する権利について、連邦政府基金を受ける契約を行った者と連邦政府の間でどちらが優位かという点を明確にしているにすぎない、と解釈した。従って、バイドール法は、連邦政府基金を受けてなされた発明の権利を、発明者からその基金を受ける契約をした大学などの非営利団体や小企業へ自動的に与える法律ではない、と結論し、米最高裁はCAFCの判決を追認した。

4. エクイティ上の権利
 バイドール法の解釈は別として、米最高裁の少数意見は、譲渡契約/同意がなされた時点においてStanford大学とCetusが得た権利の性質について考察し、共に正式な意味で法的所有権ではないので、その効力について再度審議すべきではないか、と疑問を呈している。発明がなされていない時点での両者の譲渡契約/同意書は、どちらも、その時点に存在する対象ではなく、あくまで将来発生する対象に対する権利を扱っている。そのため、譲渡契約/同意の締結時にStanford大学とCetusが得た権利は、どちらも “法的所有権”ではなくエクィティ上の権利、すなわち“法的所有権”を行使するために有利な権利を持っているに過ぎない、と米最高裁の少数意見は指摘している。さらに米最高裁の少数意見は、エクィティ上の権利を正式な“法的所有権”として主張するためには、発明がなされた時点で改めて譲渡契約を結ぶべきであると示唆しているが、米最高裁の多数意見はこの点について、触れていない。

 なお、米国特許法261条は、発明の権利を譲渡する譲渡書が米国特許庁に記録されなければ、その第1の譲渡を認識していない状態で別ルートの第2の譲渡を受けた者に対して第1の譲渡は無効となる、と定めている。CAFCでは、この米国特許法261条の下で、Stanford大学が改めて問題の特許権を得ることができるかどうかについて議論されている。 本件の場合、Stanford大学が発明者と結んだCPAによって譲渡がなされていなかったと判断されたので、発明者から Cetusへの譲渡が第1の譲渡となり、Stanford大学が特許出願した後に行使した譲渡が第2の譲渡となる。
 もし、Stanford大学が、発明者から Cetusへの譲渡を認識していなかったことが示せれば、Stanford大学が特許出願した後に発明者が行使したStanford大学への譲渡が有効になった可能性がある。しかし、CAFCは、Cetusへの譲渡は米国特許庁に記録されてはいなかったが、Holodniy氏の監督責任者がCetusとの共同研究を指示しMTAにサインしたことから、Cetusへの譲渡に関してStanford大学に有効な通知があったものとみなせる、とした。このため、米国特許法261条の下でも、Stanford大学への特許権譲渡は有効とならない、と判断されている。

5. まとめ
 本裁判に関して大方は、バイドール法の解釈以前にStanford大学の同意書に不備があり、Cetusとの共同研究の際に発明者がサインする書類の注意深い査読を怠った、と見ている。本件のような事態が起こらないように、将来発生する発明に関する権利の譲渡がエクィティ上の権利であるとしても、将来の発明者を雇用する際には、その時点で効力の強い譲渡が行われるように雇用契約書を結ぶ必要がある。また、他の企業/大学と共同研究を行う際にサインする様々な同意書に注意深く査読し、将来の発明に対する権利の譲渡が誰になされるのかを考慮する必要がある。本件は、発明者の権利譲渡に関して、改めて注意を喚起するものであろう。

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< 著者紹介 >

前川有希子
(まえかわゆきこ),米国ワシントンD.C.弁護士
前川有希子氏日立製作所中央研究所で研究者として医用画像機器の研究開発に従事し,博士号を取得した後,米国に移住した。2002年にPatentAgent,2005年にワシントンD.C.弁護士の資格を取得。現在は,米国大手法律事務所を経て、現在 Snyder, Clark, Lesch & Chung, LLP にて,主に,特許権取得業務,オピニオン(知的所有権に関する有効無効性や侵害に関するアドバイス)ならびにデュー・ディリジェンス(知的所有権,ライセンス,共同研究契約に関する様々な調査)を担当している。
※著者の所属先・肩書きは、本コラム執筆時のものです。



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