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米国特許法改正が日本企業に与える影響
〜「先発明」から「先願」へ大転換〜
[2011/11/18]

 米国特許法の歴史的な大改正が、2011年9月16日にオバマ米国大統領の署名により成立した。今回の目玉は、特許訴訟費用の増大の元凶とされた「先発明主義」から、国際的に主流である「先願主義」への大転換である。この改正が日本企業にどのような影響を与えるか、米国と日本の特許事情に詳しい有識者が議論した。

米MOTS LAW, PLLC 米国特許弁護士 Dr. Marvin Motsenbocker 氏
米MOTS LAW, PLLC 弁理士 大坂雅浩 氏
三好内外国特許事務所 所長・弁理士 伊藤正和 氏
三好内外国特許事務所 副所長・弁理士 高松俊雄 氏
司会:テクノアソシエーツ 日経BP知財Awareness編集長 朝倉博史


60年ぶりの歴史的大改正

朝倉 今回の米国特許法改正は約60年ぶりの大改正とされていますが、企業にとってはどのような意味を持つのでしょうか。

Mots 大枠で言うと、大企業に有利となる法改正となりました。従来米国特許法は、「先発明主義」を採用しており、これはどちらかというと個人発明家を有利にするものでした。米国では、特許制度は大企業による独占から個人発明家を守るためのツールとして位置づけていたからです。それが今度の改正で大企業の保護へやや軸足が移ったとも見ることができます。背景には、景気が悪くなってきたこと、特許侵害訴訟を仕掛けるパテント・トロールの台頭、米IBM Corp.でVice Presidentを務めたDavid Kappos氏が米国特許庁長官であることなどが大企業寄りの改正に寄与したと見られます。そのほか、反対勢力を抑えるという意味ではロビイストが力を発揮しました。

朝倉 今回の改正点で大きなところはどのようなものがありますか。

大坂 特に大きいのが、(1)「先願主義」への移行、(2)他の特許への攻撃の簡素化、(3)情報開示手続(IDS)の簡素化、ですが、最大の変化は「先願主義」への移行です。

朝倉 その米国の「先願主義」は、日本や他の国の「先願主義」と少し違うようですが。

高松 米国の場合、日本のように先に“出願”したかどうかだけを争うのではなく、出願より1年以内であれば先に公開した方が権利を得るとしています。これは米国特有の制度です。これだと、「先発明主義」が「先開示主義」に変わっただけのように思えます。学会発表など公開した日の証拠が残ることが多いことから、発明した日を立証するよりは容易になるでしょう。しかし、今度は先に公開した日を争うことになるのではないですか。

大坂 発明が別々になされたときはそのような事態が考えられます。改正後の「先願主義」では、自分の発明について第3者に先に冒認出願された場合のみ、冒認手続き(Delivation proceedings)を行うことになります。改正前の「先発明主義」では、誰が先に発明をしたかで争うことになり、発明日の立証に膨大な費用と発明者への多大な負担が掛かっていました。

朝倉 そのように米国特有の制度であっても日本企業にとっては、やりやすくなったと言えますね。

伊藤 要するに、ある日突然「私が先に発明した」と言われるリスクがなくなったわけですから。

高松 学会発表なら証拠は、はっきりしていますが、先に販売したり、先に使用したり、いろいろな公開の方法があると思います。

伊藤 この点では、「公開」がきちんとした発明の公開になっていることが重要ではないでしょうか。日本の特許出願でも、請求範囲(クレーム)に対してサポート要件を満たしているかどうかということは求められます。

大坂 公開の仕方として、一つにはインターネットに載せてしまうという方法があります。

伊藤 インターネットでも改ざんされたりしますから、日付の立証が難しくはないですか。

大坂 自社ホームページに載せる場合には、公開日等の客観性が担保される必要があるかと思います。

高松 公開してその後、出願すれば良いということですか。

大坂 公開して1年以内に出願すれば新規性が喪失されないということです。そのルールを守っていれば先に公開した人が勝ちます。その意味で「先開示主義」と言えるかもしれません。

高松 誤解してはならないのは、「先開示主義」は米国内だけの話ですので、公開してしまったら、それ以外の「先願主義」の国では原則として特許は取れなくなります。新規性喪失の例外規定は国によって異なり、「国際博覧会での公開に限られる」と言う国もあり、そこは注意する必要があります。

大坂 ご指摘の通りです。出願より先に公開してしまいますと、米国以外の国では特許取得が困難になることがあります。国際的に特許取得を目指す発明については出願前の開示は行うべきではありません。このような場合には、仮出願の制度の活用も考えられます。発明内容を文章と図面で記載し、仮出願しておけば日付は確定できます。公開するよりも新規性を喪失せずに先願権を得ることができます。仮出願はインターネットでも出願可能です。

高松 同感です。公開するよりも、そのほうが確実だと思いました。仮出願制度は元々個人発明家保護のために設けられた制度ですから、個人発明家は仮出願をした方が良いですね。日本企業も公開するよりも、米国で仮出願を出す方が確実だと思います。

朝倉 では、やたらと公開すれば良いというものではないのですね。

大坂 その発明で特許を取らないと決めた場合には、公開することで、後から誰かが同じ発明を出願しようとした場合に特許取得を排除できる後願排除効を得ることができます。

高松 後願排除効(旧102条(e)項)に関しては、米国で「ヒルマードクトリン」と称する制度がありました。まず日本で出願してから米国に出願した場合、後願排除効の日付が日本出願日ではなくて米国出願日で判断されるというものです。排除する側からすれば、その分遅れてしまうわけで、日本企業にとっては不利だったわけです。今回の法改正でその問題が解消され、日本出願日で判断されるようになりました。


米MOTS LAW, PLLC 弁理士
大坂雅浩 氏

米MOTS LAW, PLLC 米国特許弁護士
Dr. Marvin Motsenbocker 氏

Mots 攻撃では、特許成立前の(a)第3者の情報提供と、特許成立後の(b)異議申し立て制度、(c)当事者系再審査制度の三つがあります。まず、(a)第3者の情報提供に関するものです。従来は特許をつぶすための引用例を、公開してから2カ月以内に出す必要があり、又、引用例を説明する意見書は出せませんでした。改正後は、公開から6カ月もしくは最初の拒絶通知までのいずれか遅いほうまでに、その引用例を出せるようになり、さらに特許性がないことを説明するための意見書を提出できるようになりました。

伊藤  その主張ができるようになったことは大きな変化ですね。以前は、文献を審査官に出すだけでしたので、何も言えませんでした。実際に、審査官は文献を見ただけでは分からないことが多かったようですから。

朝倉 (b)異議申し立て制度は今回、新設されたということですが。

高松 審査には査定系と当事者系があり、査定系は特許庁と出願人に任せてしまうもので、当事者系は異議申立人も間に入って議論ができるものです。今回の異議申し立て制度は当事者系と言えます。

大坂 以前は、異議申し立て制度自体がありませんでした。改正後は特許成立後の9カ月以内であればできるようになりました。

伊藤 これまでの米国の特許は、本当に玉石混交でした。これによりおかしな特許が成立し、これらをパテント・トロールが乱用する事態が発生しました。要するに、審査官の判断を系統的に見直す機会がなかったのです。今回の異議申し立て制度は、いわば審査の適正化を狙ったものと言えるのではないでしょうか。

大坂 そういう側面はあると思います。日本のように米国も特許の均質化を図ろうということです。

伊藤 米国では、特許になったら有効であると推定せよという条文(282条)があります。このため、裁判所で有効性を争っても50:50では判断されないのです。いったん特許になったら、明らかに無効でないかぎりは有効だということです。これに対して、今回の異議申し立て制度では“more likely than not”とあり、50:50より少しバランスがずれているぐらいでもOKと読み取れますが、このような解釈が正しいか否かについては、今後の特許庁の解釈を待たないといけないと思います。

高松 確か異議申立人には制約がありましたよね。

大坂 異議申立人には利害関係者しかなれません。従前の日本特許法とは異なる部分です。一方、特許成立前の情報提供では、誰でもできます。

朝倉 特許成立後には、(c)再審査制度があります。異議申し立て制度があって、なぜ再審査制度もあるのでしょうか。

大坂 先ほど伊藤所長がご指摘のとおり、制度趣旨が異なります。再審査制度では特許公報などの文献に基づいてのみ請求可能です。すなわち、再審査制度は、112条の記載要件違反については議論出来ず、新規性や進歩性しか無効理由を主張することができません。その一方、異議申し立て制度は審査の適正化を図る観点から広く様々な理由で申し立てすることができます。

朝倉 先ほど、異議申し立て制度は特許審査の適正化という意味合いがあるという話でしたが、それでは再審査制度はなぜ存在するのでしょうか。

大坂 ご質問の再審査制度は、異議申し立て制度との対比として当事者対立型(Inter partes)に関するものと思いますが、これは瑕疵ある特許をいつまでも存続させるのは問題があるので、それを無くそうということです。再審査制度には特許権者が瑕疵を発見した場合に自主的に特許の訂正を行う査定系(Ex parte)再審査もあります。


三好内外国特許事務所 所長・弁理士
伊藤正和 氏

三好内外国特許事務所 副所長・弁理士
高松俊雄 氏

出願人の負担/費用を削減

朝倉 あとは、(3)情報開示手続き(IDS)の簡素化ですね。

伊藤 これは日本企業にとって、非常にインパクトが大きいと思います。特許事務所も情報開示手続きには結構コストをかけて来ました。改正前では、例えば米国特許出願に対応する中国出願や韓国出願などがあると、これらに対して各国審査で先行技術が引用されたら、それらの先行技術をすべて米国特許庁へ提出しなければなりませんでした。

高松 そもそも日本から出願する場合、米国を含め様々な国に出しますが、米国に出した特許出願に関連するものはすべて説明を付けて出す必要があります。例えば5カ国に出願して各国の審査官によって発明に関する文献等が5件ずつ引用された場合、合計25個の引用例を説明付きで提出しなければなりません。

伊藤 これまでの米国の制度では、特許出願する際にその請求範囲に関係する文献で知っていることは全部開示しなければならなかったのです。要するに出願人は正直でなければならないという前提があり、知っていることを提出しなかったらそれは“悪意”と判断されるということだったのです。全部出すためには手間と金がかかり、われわれのような特許事務所も大変です。例えば関連する各国特許に拒絶理由が出たかどうか等、状況を常にチェックし、問題がありそうな(灰色の)文献が引用されたら、これらをすべて英文に翻訳し、米国代理人に送付する必要があります。

朝倉 それが今回の改正でどう変わったのでしょうか。

Mots 情報開示義務は依然として出願人にありますが、もし忘れた文献があったとしても後で治癒可能となりました。改正前は情報開示義務違反となると特許は権利行使不能となり、権利は使えなくなっていました。場合によっては何十億円ものロイヤルティの機会を失うことになり大問題になることもありました。今回の改正では、提出し忘れた文献について情報開示義務違反となるか否かを特許庁に判断してもらう手続きができるようになりました。それが、補助的審査(Supplemental Examination)制度です。具体的には(明確な悪意の有る場合を別にして)その特許を活用する前に補助的審査を請求して特許を清浄化することができるようになりました。

伊藤 補足すると、従来は、権利行使不能となる危険を恐れて少しでも問題がありそうな文献は、(灰色な物も含めて)全部出さなければならないと考えた企業が多かったと思います。そうすると安全を見る傾向から結果的に(後から見ると)余計な文献も出すことになってしまっていた。これが費用に跳ね返り無駄な金を支出することになっていました。これからは、重要なものだけ取りあえず出して、「これは要らないのでは」という灰色文献は出さなくても済むようになります。その結果、出願人の負担が軽減されることになり、費用を削減することが可能になります。




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