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実務的な課題の検討段階を迎えたソフトウエア特許 弁理士・土生哲也氏に聞く(下) [2005/10/05]
近年,情報技術(IT)業界は知的財産権に対する認識を急速に高めており,特にソフトウエアなどを保護する動きが活発になっている。従来の著作権を通じた保護に加え,特許権による保護が進んでいる。本連載はソフトウエア特許に詳しい弁理士の土生哲也氏が,(1)ソフトウエア特許の定義と基本的な考え方,(2)現状の課題,(3)今後の方向性と実務上の留意点,を解説する。今回は最終回である。 なお,本連載は2005年9月1日に実施された「最新ソフトウエア特許セミナー」(主催:日本IT特許組合)における同氏の講演と,後日のインタビュー取材を基に日経BP知財Awareness編集部がまとめたものである。 (まとめは河井貴之=日経BP知財Awareness編集) ソフトウエア特許を取り巻く環境の行方 ソフトウエア特許を取り巻く環境に関し,今後の方向性としていくつかの方向性が考えられる。以下に3つの仮説を掲げ,今後企業などが考慮すべき要素などを指摘する。 第1の仮説は,「成立する特許が増加する一方で,各特許の権利範囲は限定的になる」である。こうした環境の下では,一般論としては,他社の権利に抵触することを回避するための対策やクロスライセンスの実施が重要になる。最新の重要な技術を対象にするソフトウエア特許ほど,未だ出願の段階にあり,権利範囲の予測が困難なことが多い。抵触を避けるための対策は,どうしても事後的にならざるを得ない。そのため,事後的な対策として,クロスライセンスの重要性が増す可能性がある。こうした状況に備えるためには,クロスライセンスに持ち込めるような知財ポートフォリオを構築しておくことが大切である。 特許戦略とマーケティング戦略の連携が新たな経営課題に 第2の仮説は,「ITサービスを含むソフトウエア産業において,デファクト・スタンダード(事実上の業界標準)を確立するまでの1手段として特許を活用する企業が増える」である。 従来,業界内の競合同士の勝敗は,特許以外の手段によるユーザの囲い込みで決している,という事実がある。ソフトウエアは「ライフ・サイクル」が早く,特許を通じた防衛に限界があることを考慮すると,この状況は今後も大きく変化しないと予測される。 特許だけで市場を独占することはできない。事業を開始する時にユーザを囲い込むため1手段として位置づける姿勢が必要だ。市場のスピードに対応した効率的な出願を実施するためには,出願対象を早期に絞り込み,先行技術調査にこだわるよりも,出願に注力するのが効果的である場合が少なくない。 事業を拡大していく過程では,効果的なタイミングによる特許出願によって競合他社をけん制したり,相手方に負担を強いたり,あるいは事業への参入障壁にしたりする戦術が有効だ。こうした競合の参入に対する負担を増大し,市場開拓を有利に展開できる意義にも注目すべきであり,その観点では,特許戦略とマーケティング戦略の連携がカギになる。製品化・事業化のスケジュールに出願を組み込むことは,知財戦略や経営戦略上で必須である。 「ビジネス関連発明の影響は予測が困難」 第3の仮説は,「ビジネス関連発明の影響は予測が難しく,構造的な変化が生じる可能性が存在する」である。 制度的には,連載の第2回で指摘したように,特許庁による出願審査は現状において抑制的に運用されており,今後この傾向がどのように進むかがポイントになる。加えて,ビジネス関連特許に関する裁判所の判断は従来ほとんどないことから,判例の蓄積を注視しなくてはならない。また,経済産業省が策定を進めている「ソフトウエア特許乱用を制限する指針」などに注目すべきである。 ソフトウエア特許をめぐる制度整備は世界的にも過渡期にある。特にビジネス関連発明について,企業は,過度な期待を抱く方向にも無防備な方向にも振れることなく,慎重に周辺環境を検証しつつ,地道に対応を準備することが望ましい。 「ソフトウエア特許は現実的な活用を検討すべき段階に来ている」 ソフトウエア特許を取り巻く環境は,ビジネスモデル特許に代表される一種のブームが終わり,現実的な活用を検討すべき段階を迎えている。制度上は出願審査や不服審判の運営において先述のとおり権利化を抑制する傾向があるものの,審査などの内容・判断基準などが安定化してきており,これは権利としての安定化にもつながると思われる。 連載を通じて検討してきたソフトウエア特許の特性を考慮すると,ソフトウエア業界における特許の意義は,(1)メカトロ・エレクトロニクス業界のように,競合に対して優位性を築き得る特許ポートフォリオの構築が必要な側面,(2)流通・金融などサービス業において見られるような,特許出願をマーケットの囲い込みツールとして利用する側面,以上の要素に基づき,自社の事業内容との適合性を加味して検討するべきである。その上で,実務上の具体的な対応体制を整備していくことが望ましい。 ソフトウエア業界の現状では,特許などの知的財産を経営上の「外部環境」とみなし,消極的に対応している企業が少なくない。しかし,特許をはじめ知的財産権という制度が存在する以上,それら制度を少しでも自社の優位性確保に利用できるように,主体的に取り組む姿勢が大切である。この意味では,すでにソフトウエア特許などを出願したり取得したりしている企業においても,出願や活用の目的を経営の視点から見直すことが必要になる。 「ジャストシステム vs. 松下電器産業」の侵害訴訟から読み取るべき意義とは ソフトウエア特許に限らず,知的財産に関する従来の議論の対象は,法的な権利の解釈,例えば直接的な侵害行為あるいは権利行使などが主だった。今後は,企業の優位性を生み出す経営の資源として知的財産を大局的にとらえ,その中で事業の優位性を保ちつつ拡大のための手段として知的財産権制度の法的活用を考える姿勢が必要である。 ジャストシステムが製造・販売する文書作成ソフトウエア「一太郎」と画像処理ソフトウエア「花子」に対して松下電器産業が起こした侵害訴訟において,2005年9月30日,知的財産高等裁判所が控訴審判決を下した。松下電器産業の特許権は無効と認定され,ジャストシステムの逆転勝訴となった。身近な製品に関する訴訟として一般消費者においても大きな注目を集めたが,ソフトウエア特許に関する制度整備という観点では,あくまで個別の事件に対してルールに基づいた判断が下されただけであり,判決において特段新たな判断基準などが示されたということではない。ソフトウエア特許に関する法的解釈などについて,今回の判決が今後の企業の知財戦略を大きく左右する可能性は少ないと思われる。 むしろ,製品の中で必ずしも本質的機能とは思われない部分に関する権利がこれだけ大きな騒ぎを引き起こしたこと,そして両社にとってその騒ぎに意義が存在したか否かを検証することに,企業の知財戦略を構築する上では大きな意味が存在すると感じる。裁判において勝訴することではなく,収益を上げるという企業経営における本来の目的に照らしつつ,この事件を振り返ることが必要だと思う。 |
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