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シリーズ:企業経営と知的財産(1)

日本経済の新たなミッション:「知的財産経営」の本質とは何か
横浜国立大学大学院教授 岡田依里氏インタビュー(上)
[2006/03/01]

横浜国立大学大学院教授,岡田依里氏
横浜国立大学大学院教授
岡田依里氏
横浜国立大学大学院国際社会科学研究科 教授。コロンビア大学経営大学院客員研究員などを経て,1999年に横浜国立大学大学院国際社会科学研究科助教授,2003年より現職。経営学博士(神戸大学)。産業構造審議会知的財産政策部会・新成長政策部会臨時委員,独立行政法人情報処理推進機構「知的財産研究会」座長,ものづくり政策懇談会委員など。主な著書に『知財戦略経営』(日本経済新聞社,2003年),“Strengthening Innovation Competencies through Concept Oriented Intellectual Property Rights Management”(OECD Policy Conference: Intellectual Assets and Innovation: Creating Value in the Knowledge Economy, Oct. 2005)など。
 ここに来て,「知的財産経営」への注目が急速に高まっている。日本における「知的財産立国」の実現に向けた制度が整備されるとともに,知的財産を重視する意識の醸成が進み,知的財産立国政策の第2期がスタートする2006年は,より高い次元での知的財産の価値創造が各企業と日本経済の新たなミッションとして浮上しているからだ。
 日本において知的財産経営の重要性を早期から指摘し,企業活動の分析・調査を通じ実証的にその意義を「知財戦略経営」として提唱してきた横浜国立大学・大学院教授の岡田依里氏に,(1)知的財産経営の基本となる考え方と,(2)実践においてカギとなる要素,について聞いた。
(聞き手は河井貴之=日経BP知財Awareness編集)

知的財産経営の広まりについて,世界と日本における現状をどう見るか。


 企業価値の向上を目指し,自社の持つ経営資源の中で知的財産などの無形資産を認識し,一定の仕組みの中で活用していこうとする動きは,世界的な趨勢になっている。こうした知的財産経営の「突き詰めた」実践と包括的な概念としての「知的資産経営」へのパラダイム・シフトは,グローバル経済の進展などの影響によって加速している。
 経済開発協力機構(OECD)加盟国は,「知(knowledge)」,知的資産,知的財産の有効なマネジメントのあり方や新事業の創造とそれを支える基盤整備を巡り,議論を進めている。2005年10月にイタリア・フェラーラ大学で開催された「イノベーションと知的資産に関する会議」は,こうした取り組みの1例だ(関連記事)。
 これまでの日本では,「知的財産経営」を,法的権利としての知的財産権,あるいは「出願かノウハウとしての秘匿かの判断」などに関するマネジメントを指す概念として使う場合が多かった。知的財産ないし知的財産権は,法的な裏付けによって競争政策や地域クラスターの形成と結合するため,法的な側面は不可欠である。ただ,経営という観点からは,法的な側面に注目するのではなく,広く経営資源の一部と認識しマネジメント(経営)の仕組みの中で動かしていくことが重要である。
 2003年に発表した私の著書,「知財戦略経営」は,企業成長の方向性,機会や阻害要因を知的財産の観点から認識した上で,「プロセス」,「顧客との関係」,「人の知」などと組み合わせ,組織全体として組織学習の仕組みの中で活用していく経営モデルを,企業活動の実際に観察した中から導き出した。最近は,より多くの企業が知的財産経営について法的側面を超えたより広い意味を持つ考え方として位置付け,実践しつつある。
 具体例としては,製造業を中心に導入が進む「アクティビティ・マネジメント」は,生産プロセスなどをワーク・フロー化して課題を抽出する点に関して,見方を少し変えると,知識を知的財産あるいは知的資産に変えて動かしていく手法といえ,知的財産経営,知的資産経営につながる活動と位置付けることが可能だ。

広い意味での知的財産経営を実践するに当たってカギとなる取り組みは何か。


 知的財産経営の基本は,「自分たちの動きや組織の内部構造などを分析すること」である。そのためには,まず分析軸や分析概念を定めて,変化分を「指標」や「数値」を通じて表すことでダイナミズムを具象化していく作業を要する。
 先に述べた「知財戦略経営」に関する調査・研究を通じては,企業の実践の中にこうした取り組みを見ることができた。1例を挙げると,半導体製造プロセスにおける「ホトレジスト塗布」工程について,東京エレクトロン(TEL)が進めた回転式による製造装置の開発では,「均一な膜形成を,少ない薬液使用量・薬液損失量で行うこと」,さらにその工程を「短時間で可能とすること」が成果,つまり顧客ニーズへ合致することから,下地の溶剤供給の段階を含めて,装置の「回転数」,「段階変化」,「タイミング」を,成果を獲得するための重要なポイントとして位置付けた。同様に,TELは,省設備投資型の装置開発を,プロセスを数量的に要素分解するところから始めている。(編注:TELの菅 俊彦氏,東京エレクトロン九州の内田成文氏に対する岡田氏のヒアリング調査に基づく)。この事例では,プロセスの革新が新たな知的財産を生み出し,さらに知識・プロセス・知的財産あるいは知的財産権の境界に「ゆらぎ」を与えることで,経営効率の改善や新しい価値の創造に役立つことが実証できた。同様の事例は,設計や検査のプロセス,職人技ともいえる金型の製造プロセスにおいても見られる。
 指標化あるいは数値化というと,第三者への提示を前提にしてしまいがちだ。しかし,知的財産経営の本質に照らし合わせると,提示することが主目的ではなく,こうした指標や数値を企業の内部で経営判断に取り込んでいくことが重要である。その際には「何を測るのか」,「何を制御するのか」「何を改善するのか」といった具体的な目標に基づいて,指標を設定しなくてはならない。加えて,内部における変化分を測るためには,一定の期間に基づく恒常的な分析が必要になる。

指標化・数字化に対して日本企業はある種の抵抗感や負のイメージを持っていないか。


 これまでの私自身の調査・研究の過程において,「何でも数値化できるわけではない」といった意見に直面した経験がある。確かにそれは事実である。実際,「モノ」やサービスを通して具現された感性,精神的価値,究極的な技といった要素は数量化できるものではない。しかし,「何でも数値化できるわけではない」という意見は,指標化や数値化の目的を近視眼的に理解していること,実は数値だけに目を向けて固執している態度の裏返し,なのである。最近は,こうした状況はほとんどなくなり,大きな変化を感じる。
 「指標や数値の限界を意識しつつ,その指標や数値の背景に存在する要素を認識していくこと」が,指標化,ひいては指標を組み込むことによる知的財産経営の本来の意義である。そして,こうした指標や数値を効率的に活用することが,知的財産経営の有効性を高めることに大きく影響する。欧米企業の方が指標や数値への「割り切り」がうまい。その点では日本企業はキャッチ・アップが必要だと感じる。

今後の知的財産経営において,従来的な意味での知的財産や知的財産権はどのような役割を果たしていくのか。


 知的財産あるいは知的財産権は,知的財産経営において核になる経営資源である。さらに,それ自体が技術開発やイノベーションを可視化する時に有効な指標や情報となる。具体的には,知的財産を基準にして,成長機会を探ったり,概念的操作を通して用途を開発したり,既存の技術ストックを複合化して新しい製品開発の基盤を提供したりすることが可能だ。こうした点から研究開発の位置付けや質的な特徴,方向性を評価する際に知的財産権の考え方は有益であり,今後さらに応用が期待できると思う。
 例えば,特許権は権利範囲を定義するために,技術を要素分解的に記述していく。こうして概念的に要素分解された技術は,その技術の次の方向性,言い換えれば研究開発の方向性を具象的に理解する上で非常に役立つ。私は,技術者が知的財産を学ぶことについて,法律上の権利の定義を学ぶこと以上に,こうした自分たちの技術評価やその理解,開発の方向付けに役立つことの意義を重視する。



岡田依里氏が横浜国立大学主催のセミナーにて3月6日に講演

 2006年3月6日開催の「複雑系をマネジする 知財戦略経営 ワークショップ2006」(主催:横浜国立大学)において,岡田氏が講演などを行う。同講演では具体的な事例研究を通して「知財戦略経営」における「伝統・技・サイエンス」との融合について検討する。パネル・ディスカッションでは,東芝顧問の大山昌伸氏,OECD経済産業諮問委員会産業技術委員長の石田喬也氏,富士通経営執行役の加藤幹之氏,旭硝子知的財産センター長の上野徹氏らと「創発型知財集積の展開と可能性」について論じる。

日時: 2006年3月6日(月)14:00〜18:00
会場: 日本工業倶楽部(東京駅丸の内北口)
参加費: 5,000円
 
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