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米国知財レター

[2008/01/18]

訴訟リスクに応じた特許分析の提案
Seagate判決が示す故意侵害の認定基準と日本企業の対策(2)


 2007年8月20日,米連邦巡回控訴裁判所(CAFC)が特許権侵害における,故意侵害認定要件を厳格化する判断を示した(Seagate判決関連資料1)。これにより,今後は故意侵害の認定が厳しくなる点は明確になった。しかし今回の判決では,どの程度厳しくなるのかは示されていない。故意侵害と認定するためには,従来の「『Negligence(過失)』では不十分であり,『Obvious Recklessness(客観的な無謀性)』が必要である」ことを示したに過ぎない。米国内でも「新しい認定基準については今後の判決を見守る必要がある」との指摘が出ている(関連資料)。このような状況を受け米国知財コンサルタントとして多くの鑑定業務を行ってきたDavid G. Posz氏(特許弁護士,Posz Law Group代表パートナ)と,所属スタッフで米国知財実務の実践と研究を行っている吉田 哲氏が,今回の判決に示された「Recklessness(無謀性)」の考え方と,今後の日本企業の対策について解説する。連載2回目の今回は前回の“故意侵害認定の程度”の解説を踏まえた上で日本企業の採るべき対策について解説する。
(日経BP知財Awareness)


今後の日本企業の対策
 前回解説したように,これまでは「Negligence(過失)」程度の侵害行為にも3倍賠償の可能性があった。特に,被告は自らの行為の正当性を証明する責任があり,その負担は大きかった。しかし,今後は特許権者が「Obvious Recklessness(客観的な無謀性)」を証明できない限り,故意侵害とは認められない。「Reckless(無謀)」な侵害行為とは飲酒運転レベルの行為であり,従来のNegligenceの程度とは大きく相違する。この点を踏まえて,米国特許の分析業務における日本企業の対策を紹介する。

訴訟リスクに応じた対策の提案
 表1は,他社特許を分析し,その訴訟リスクを大・中・小の3つのクラスに分類し,それぞれにおいて採り得る対策の概略である。表1の左欄に訴訟リスクの大きさ,中欄と右欄には従来(判決前)と今後(判決後)の対策を示した。結論として,訴訟リスクが大と小の場合の対策に大きな変更はない。一方,訴訟リスクが中程度の場合,今後は対策を簡略化・低コスト化できる可能性が出てきた。以下,それぞれについて解説する。

表1:訴訟リスクとその対策
表1:訴訟リスクとその対策

(1)訴訟リスク大
 訴訟リスクが大きな場合,従来と同様に,特許を迂回するための技術開発やライセンス交渉が必要である。3倍賠償の可能性は低くなったが,訴訟に巻き込まれれば事業的に大きなダメージを受けるからである(勝訴したとしても,訴訟費用と人的資産の消費は深刻な問題と考える)。もちろん,この場合は米国弁護士と相談することが望ましい。

(2)訴訟リスク中
 訴訟リスクが中程度の場合,従来は将来の訴訟を考慮して(もしくは,回避するために)米国弁護士に相談して特許の鑑定を得る必要があった。今後は米国弁護士に相談するところまでは従来と同じだが,その対策は場合に応じて以下の2つを選択できるようになるだろう。(@)侵害の判断が難しい場合は従来通りの鑑定を得る,(A)侵害の判断が比較的容易な場合はメモや簡易鑑定である。
 故意侵害を回避するためだけであれば,米国弁護士による鑑定の必要性は極めて小さくなった。しかし,訴訟リスクがある程度存在する場合,日本側だけで判断することが望ましいとも思えない。英文特許を分析するスキルがどれだけ向上したとしても,ビジネスの安全性を優先する場合などは,今後も従来同様に米国弁護士と共同して特許を分析する必要があると考える。しかし,訴訟リスクの程度によってはメモや簡易鑑定で十分な場合も出てくるだろう。

 (@)従来同様に侵害の判断が難しい場合や詳細な分析が必要な場合は,米国弁護士による鑑定作成が望ましい。詳細な分析結果を得られることのほか,米国弁護士が作成した鑑定であれば裁判で尊重されるため,自分達の行動の正当性の立証が容易になるからである。このほかにも(a)企業知財部であれば当該鑑定を自分達の判断を支持する社内資料,(b)迂回技術の開発やライセンス交渉,などへも活用できる。具体的には,限定解釈を根拠に非侵害と結論付けたり,調査結果に基づいて特許の無効を判断する場合が該当する。

 (A)訴訟リスクは存在するが,侵害の判断が比較的容易な場合(非侵害であるとの合理的結論が自社内で導きだせる場合),今後は米国弁護士とのメモや簡易鑑定を準備することが有意義であると考える。米国弁護士の判断によって自分達の判断の信頼性を高めつつ,米国弁護士への依頼内容を簡略にすることで低コスト化と迅速化が可能になる。
 「メモ(Written Memorandum)」とは,まず日本企業が技術背景や特許の特徴,自社製品の特徴・構成などに基づいて非侵害であるとの判断理由を米国弁護士に説明し,それに対して米国弁護士が「妥当な判断である」といった意見を述べる書面である。メモの書式は,格式ある書面の必要はない。少なくとも「○月×日に,特許Aについての分析を行い,非侵害であるとの結果を得た」という企業の主張をサポートする書面で足りると考える。
 「簡易鑑定」とは,正式な鑑定から特許の権利解釈に関連する判決を紹介する章や,重要度が低い特許の構成要件の部分を削除し,他社特許と自社製品との本質的構成だけを比較し,非侵害であるとの結論を明記した書面である。われわれはこれまでの企業ヒアリングから,このような簡易鑑定はすでに実務に導入されていると聞いている。簡易鑑定をすでに実務に取り入れている企業であれば,今後は簡易鑑定を依頼する割合や簡易化の程度をより大きくしていくことが可能だろう注2)

(3)訴訟リスク小
 訴訟リスクが小さな場合(ほとんどゼロといえる場合),従来通りに企業知財部による社内の分析結果をもって「問題なし」と結論付けることが妥当だろう。企業知財部の責任で特許を分析し,結論付けることには賛否があるだろうが,業務のスピードとコストを考えると,すべての特許分析を外注することが妥当とは思えない。
 なお,社内分析で終了する場合は,分析過程とその結果の記録を保管しておくことが重要である。故意侵害を回避するために重要なことは,分析したという事実ではなく,その事実を米国の裁判で証明できることにある。そのために,社内の分析記録(関連書類)を保管しておくことが実務上重要なポイントとなる。極めて普遍的な問題であるが,すべての書類を長期間保管しておくことはスペースの制限から難しい場合がある。書類管理の省スペース化は法務的にも重要な課題である。

鑑定以外の証拠
 他社特許の分析において,非侵害であると結論付ける証拠を確保しておくことは重要である。しかし,企業が誠実に活動していたか否かを判断する証拠は1つだけではない。米国弁護士による鑑定などは有力な資料であるが,そのほかの活動も証拠として活用できる。例えば(a)定期的に他社の特許を調査している,(b)侵害の可能性がある特許については,米国弁護士に鑑定を依頼する(その割合など),(c)米国に法務(知財)研修生を派遣している,(d)定期的な米国特許の勉強会を開いている,などである。このような活動(証拠)はすべて,企業を故意侵害の認定から守ってくれる役割を果たす。このような活動については,米国実務に詳しい日本弁理士の協力も得られる場面があるだろう。それぞれの企業実務に応じた対策が望まれる。
 今回の判決によって故意侵害の認定基準が引き上げられたからといって他社特許の分析を軽視することはできない。不要な訴訟やトラブルを避けるためにも,日々の業務において合理的な企業(Reasonable Company)として振る舞うことが重要なポイントの1つといえるだろう。

まとめ
 これまでの米国特許の分析は,米国弁護士が作成する鑑定が中心であったと聞いている。今後も,鑑定がビジネスを円滑に進める上で重要な役割を担う点に変わりはない。しかし,故意侵害の適用が厳格化した現在は,故意侵害を回避するだけであれば鑑定の必要性は極めて小さくなった。前回の連載で飲酒運転を例にしたように,Recklessと認められる特許権侵害は極めて悪質な行為であり,日本企業が誠実に行動する限り,特許権者が故意侵害を立証することは極めて困難と考えるからである。
 米国弁護士に特許鑑定を依頼する際は,鑑定作成の代理人費用だけでなく,鑑定を依頼するための準備に多くの人材と時間が必要と聞いている。今回のSeagate判決は,これらの費用を含めた鑑定のあり方を見直すきっかけになるだろう。
 また,自分達の証拠によって,故意侵害を否定できれば,米国弁護士との秘匿特権を放棄する必要がなくなる点も訴訟時のリスク・マネジメントとして考慮すべきポイントだろう。開示する書面は少ないほど不要な議論を避けられるからである。副次的影響であるが,秘匿特権の放棄の是非にもSeagate判決は影響すると考える。

おわりに
 Seagate判決を紹介するセミナーにおいて,「(認定基準は厳しくなったといっても),今後も鑑定をもらったほうが良いのではないですか?」との質問をいただくことがある。もちろん,代理人の立場として答えさせていただくなら,「鑑定は常に準備していただきたい」というのが正直な回答である。
 しかし,ビジネスとして考えたとき,鑑定費用に見合うだけの効果を常に期待することはもはや合理的とはいえなくなってきた。米国でビジネスを継続する以上,訴訟を極力回避することは重要な視点であるが,今後の知財部は迅速性かつ高いコスト・パフォーマンスが要求されるであろう。Seagate判決を契機として,日本企業の知財戦略がより強化されることを期待したい。

デイビッド・G・ポウズ,吉田 哲

注1:訴訟リスクの大きさについて
 訴訟リスクの大小については,必ずしも特許の権利範囲と製品技術の比較だけで決定できるものではないと考える。なぜなら,どれだけ技術的に近接していたとしても,良好な関係のある企業であれば,その訴訟リスクは小さいと判断できる場合があるからである。一方,技術は相違していたとしても,好戦的な特許権者であれば和解金を狙って裁判を起こされる場合を考慮する必要があるだろう。そのような事例では,訴訟リスクは大きいと判断せざるを得ない。訴訟リスクの判断には,業界の文化や特許権者との関係など総合的に考慮した判断が期待される。
注2:鑑定の費用について
 鑑定作成にまつわる費用のトラブルはこれまでに多くの企業から伺っている。費用のトラブルを避けるためにも,鑑定作成の相場値を理解しておくことは実務的に重要であろう。相場値を知る1つの資料としては,米国知的所有権法協会(American Intellectual Property Law Association:AIPLA)による費用調査報告書(Report of the Economic Survey 2007)が存在する。この報告書では,特許事務所のサイズや地域のカテゴリー別に,出願費用や中間処理など知的財産業務に関連する多くの代理人費用の調査結果を公表している。
 侵害の有無を判断する侵害鑑定(Infringement Opinion)や特許の有効性を判断する有効性鑑定(Validity Opinion)の料金範囲として,小規模事務所であれば概ね3,000米ドル〜12,000米ドル,中規模事務所7,500米ドル〜20,000米ドル,大規模事務所12,000米ドル〜25,000米ドルの範囲であると報告されている。侵害と有効性を同時に判断する鑑定については(小)事務所5,000米ドル〜19,000米ドル,(中)11,500米ドル〜30,000米ドル,(大)20,000米ドル〜35,000米ドルの範囲と報告されている(See at Section I-83)。



David G. POSZ氏David G. POSZ氏氏プロフィール
米国弁護士,Posz Law Group, PLC, Managing Partner
【E-mail】 DPosz@poszlaw.com
【Web】 http://www.poszlaw.com/DPJAPPEOPLE.html
専門は米国特許権利化業務,鑑定,企業コンサルタント。
執筆「米国実務効率化の障害とその対策」(知財管理,Vol.57 No.9)吉田氏との共同執筆


吉田 哲氏吉田 哲氏プロフィール
弁理士,2007年1月から米国 POSZ LAW GROUP, PLCに所属。
【E-mail】 yoshida@poszlaw.com
【Web】 http://www.poszlaw.com/TYJAPPEOPLE.html
研究者として,奈良先端科学技術大学院大学・知的財産本部,客員准教授。
専門は日本および米国の権利化業務,産学連携活動(技術移転),IP法務相談など。




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