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差止請求権のない新たな知的財産制度(特許2.0)の提案
経済産業省・産業組織課長の奈須野太氏が提言(4)
[2009/11/09]

 「技術分野や事業戦略により知的財産制度に対するニーズは異なる。多様なニーズに応えるため,知的財産制度にオプションを設けることができないだろうか」。経済産業省・産業組織課長(前・技術振興課長)の奈須野太氏はこのように述べる。同氏は,オプションとして差止請求権のない新たな特許制度をゼロベースで考え,現行特許制度の問題点を浮かび上がらせたいとする。

 本稿は2009年10月17日に政策研究大学院大学で行われた奈須野氏の講演「知識と組織の法制度の未来」を,経済産業省・技術振興課長補佐(弁護士)の伊達智子氏が要約したものである。本稿中の提言は奈須野氏の個人的提言であり経済産業省として決定したものではない。


新たな知財制度(特許2.0)
経済産業省・産業組織課長 奈須野太氏
経済産業省・産業組織課長
奈須野太氏
 現行制度を前提とした見直しでは,グローバルなオープン・イノベーションに十分に対応できない。そこで,新たな特許制度をゼロベースで考えたい。
 現行の特許制度だけでは,技術分野や事業戦略の違いによって異なるニーズに対応できない。そこで,オプションとして,原則として差止請求権を有さず,報酬請求権を中心に構成する新たな特許制度(特許2.0)を想定できないだろうか。差止めは故意重過失の侵害者に対してのみ行使するものとする。現行特許制度(特許1.0)と特許2.0を併存させて,特許2.0は特許料を安価にし,利用者は料金と権利の強さを考慮して任意に選択できるものとする。
 昔と違い,権利者は自ら製品を製造するとは限らないし,独占的な実施を望んでいるとも限らない。侵害者を交渉の席に着かせ,十分な金銭補償を受けるための手段として差止請求権を行使しているに過ぎない場合も少なくないと思われる。そこで,侵害者を交渉の席に着かせ,権利者が十分な金銭補償を受けられるように設計すれば,差止請求権のない特許制度も成り立つのではないだろうか。

交渉請求権と付加金
 差止請求権を行使しなくても侵害者との交渉が実現されるようにするため,権利者に“交渉請求権”を与えてはどうか。知的財産権に対する意識の高い国では,侵害していると言われれば話合いをして金銭解決するのが通例。そこで,権利者が侵害について,裁判官が一応確からしいと判断できる程度の証拠を提出した場合には,裁判官が侵害者に対して権利者との交渉に応じることを命じるものとする。侵害者がこれに従わない場合は,権利者は侵害を証明して損害額と同一額の付加金を請求できるものとして,交渉請求権の実効性を担保する。侵害者がそれでも侵害を継続する場合には差止めができるものとする。 付加金は一種の制裁であり,実質的に2倍賠償を認めるものである。日本では懲罰的賠償は公序良俗に反するとすぐに言われるが,付加金は現に日本の労働基準法(114条)と船員法(116条)に存在する。立法政策として付加金制度をつくることはできる。

損害賠償の定型化と定額化,将来損害の請求
 差止請求権がなくても権利者が十分な経済的補償を受けられるようにするため,金銭賠償の充実を図る必要がある。損害賠償額が低すぎるとの強い批判を受けて,平成10年の特許法改正により102条が改正された。しかし,改正後も損害賠償額が不十分であるとの指摘は多い。訴訟をしても費用倒れになるようでは権利を行使したいとは思わないし,投下資本の回収もできないようでは研究開発のインセンティブが持てない。また,侵害者の手元に利益が残るようでは侵害の抑止にならない。
 そこで,たとえば,交通事故の損害賠償額の算定において実務上定着している損害の定型化と定額化の手法を取り入れ,研究開発費用,弁護士費用,侵害調査費用といった考慮要素と,それぞれの標準額を定めた算定基準を形成することはできないだろうか。かつて,社会状況の変化にもかかわらず名誉毀損の損害額が低額なままであったことが批判されて,500万円という基準の提案や定型化・定額化の試みがなされたことがあった。そして,その議論を契機に慰謝料の算定要素と算定基準の見直しが行われた。
 なお,今般の中国特許法第3次改正(2009年10月1日施行)において,権利者が侵害行為を制止するために支出した合理的な費用を賠償額に含むことが明示された(第65条第1項)。また,権利者の損失,侵害者の得た利益及び特許使用許諾料のいずれも確定が困難な場合には,人民法院は特許権の類型,侵害行為の性質及び情状等の要素に基づき,1万元以上100万元以下の賠償を決定できる旨が規定された(同条2項)。

 さらに,権利者の金銭賠償を充実させるため,1回の手続で過去の損害賠償だけでなく将来の損害賠償についても請求できるようにし,権利者が何度も権利行使することなく十分な補償を得られるようにできないだろうか。大阪国際空港最高裁判決(昭和56年12月16日)は将来の損害賠償請求を否定したが,批判も多いところ。差止めを認めず将来の損害賠償請求を認めることは,裁判所が強制実施権を設定するのと同じような効果を生じる。アメリカでは,差止めを認めない代わりに将来の継続的ロイヤルティを認定して事実上の強制実施を認める判決がある(Paice LLC. v. Toyota Motor Corp., 504 F. 3d 1293 (2007))。

執行逃れの防止
 権利者の金銭救済を確実にするため,形式的な事業譲渡などにより判決の執行が妨害されることのないようにする必要がある。判決などの債務名義に表示された債務者と異なる者に対して執行する場合には,その者が債務等を承継したことを証明して,承継執行文の付与を受けなければならない。
 そこで,侵害品と実質的に同一の製品が製造されている場合や事業所や従業員が侵害者のそれと同一である場合などには,事業承継を推定するなどして権利者(債権者)による執行を容易にすることができないだろうか。







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