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特許制度改革に一石を投じるKSR事件の米連邦最高裁判決(上) 奈良先端科学技術大学院大学 知的財産本部 特任助教授 吉田 哲氏 [2006/10/27] はじめに 「日本では特許権が認められない発明でも,米国でなら特許権が取れる」。これは日米の特許審査における進歩性の認定のギャップを示すコメントであり,米国への特許出願の経験がある実務家の多くが同様の印象を持っていると思われる。 米国の特許審査における進歩性判断の「レベル」については,米国内においても様々な批判的意見が存在する。そうした中,2006年10月現在,米国の連邦最高裁判所が審理中の進歩性の判断基準に関する裁判(KSR International v. Teleflex:KSR事件 No.04-1350.)では,進歩性の判断基準について従来よりも高い基準が示されると予想される。同事件の経緯をまとめつつ,米国特許の進歩性に関する実務的な課題を指摘する。今回は,KSR事件を具体的に論じる前提として,米国と日本における進歩性の判断基準に関する基本的な考え方の違いを取り上げる。 「発明の進歩性」に関する説明責任者の違いが日米間の審査判断基準の相違に 米国と日本の特許制度は,使用する言語は異なるが,「特許すべき発明」に対して一定の「技術的飛躍(創作の困難性)」を要求する点で本質的な意義は共通している。特許のための要件は,日本においては「進歩性」,米国においては“Non-obviousness”(原義的には非自明性)という(以下,「進歩性」と用語を統一する)。 進歩性の判断においては,審査対象である発明の構成要素が,複数の引用文献にすでに記載されている場合(つまり公知技術の場合),そうした発明は「公知技術の単なる組み合わせ」であるとしてその特許性を否定できるか否かが1つの課題となる。例えば,宇宙開発に利用していた強化繊維があるとして,その強化繊維をゴルフ・クラブのシャフトに用いた「発明」は,「公知技術の組み合わせ」と考えるべきか否か,換言すれば進歩性を認めるべきか否か,といった状況である。 こうした公知技術の組み合わせについて,日本と米国ではその判断基準に大きな違いがある。原則的に日本の審査では公知技術の組み合わせに進歩性を認めていない。基本的な考え方として,日本の審査基準は,「最適材料の選択・設計変更,単なる寄せ集めは,他に進歩性の存在を推認できる根拠がない限り,進歩性が認められない」(審査基準第II部第2章2.5 「論理づけの具体例」)と定めている。この審査判断を覆すためには,出願人が,組み合わせによる特異性や特別な効果を主張しなくてはならない。 一方米国では,「組み合わせ発明」に対し,進歩性が存在することを前提に審査している,といえる。なぜなら,審査においてその発明を「単なる技術の組み合わせ」であるとしてその進歩性を否定する場合に,その容易性の立証責任が審査官にあるからである。これは米国の民事訴訟手続きにおける“Prima-facie Proof(一応の証明)”との考え方に基づいており,この場合に審査官は, (1)先行技術に組み合わせについての「示唆・動機の存在(suggestion, motivation)」, (2)成功することへの「合理的な理由(reasonable expectation of success)」, (3)すべての構成要素が開示されている事実, を立証しなくてはならない。 このように,組み合わせ発明の進歩性を否定するためには,米国の審査官は“Prima-facie Obviousness (一応の自明性)”の自己立証が必要であり,立証できない場合は,その発明の進歩性を否定することはできない。 この立証責任の義務が米国の特許審査官にとって大きな負担になっている,と従来から指摘されており,同時に米国の進歩性判断の「甘さ」あるいは「レベルの低さ」の一因に見られている。 米国と日本の組み合わせによる進歩性の判断基準
参考までに,今回のKSR事件では「審査官が“Prima-facie Obviousness”を主張する際に,どの程度の証拠の提示が必要か」といった判断基準が主要な争点になっている。このKSR事件に関して,Web上のBlogにおいて,ある米国の審査官が匿名でエレクトロニクス系の技術発明に関する進歩性の審査がいかに困難かを記している。 同審査官の見解を要約すると,発明を拒絶する証拠に乏しい際に審査官たちは公正な判断を下したいと願いつつも,「妥協して特許を付与する(bad allowance)」か,「強引に進歩性を否定するか」,といった難しい選択肢に直面する。さらに,その査定が後日レビューされ,「その審査官が適切でない査定をした(bad allowance or bad rejection)」と記録されることもあるという。こうした状況について匿名の審査官は自分たちの心境を「岩に挟まれているようだ(“like being between a rock and hard place”)」と記し,審査実務の辛さ,難しさを切実に綴っている。 米国出願の実務者の中には,米国の審査官から一方的な拒絶理由を受け取り,その主張の理不尽さに非常に立腹した経験がある方も少なくないだろう。しかし,審査官側にも相応の困難な事情が存在しているのである。筆者はかつて米国特許事務所で勤務していた。その際,米国審査官から届いた拒絶通知への対応では,「単なる公知技術の組み合わせ(“merely combination of prior art”)」とした審査官の拒絶理由に対し,「引用文献のどこにそのような動機(motivation)が開示されているのか。その箇所を明示すべきだ」といった反論を定型的に利用することで,一定の成果を得ていた。組み合わせ技術についての示唆や動機の立証が,数多くの案件を迅速に処理しなくてはならない審査官にとって,実務上の大きな負担となっている状況が存在することは間違いない。 「発明の進歩性を否定する(審査の)判断基準」が争点となったKSR事件 2006年10月現在,米連邦最高裁判所が審議しているKSR事件は,特許権者であるTeleflex社がブレーキ・システムに関する特許に基づき,KSR社を権利侵害を事由に訴えている訴訟である。 地方裁判所による第1審とCAFC(連邦巡回控訴裁判所:Court of Appeals for the Federal Circuit)による第2審では次のような趣旨の判断が下されている。
現在審理されているのは,このCAFCの判断を不服とするKSRによる連邦最高裁判所への上訴(第3審)である。同裁判所での審議において,「核」の争点は当初の「Teleflexの特許発明が進歩性を有しているか否か」ではなく,「公知技術の単なる組み合わせとして発明の進歩性を否定する(審査の)判断基準」へと変容している。 上述の通り,地裁は,「引用文献中に組み合わせについての示唆や動機が含まれていなくても,当業者の技術常識に基づいて組み合わせを容易と判断できる」としている(“Flexible Standard”)のに対し,CAFCは「組み合わせの動機や示唆についての引用文献中に記載ないし証拠が必要である」としている(“Rigid Standard”)。 このように真っ向から相反する第1審,第2審の判断を基に連邦最高裁判所がいかなる判断を下すかに関心が高まっており,同時に米国における特許審査の今後の方向性に大きく影響する司法判断として実務家が大きく注目している。(【下】に続く)。
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