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先進企業や法律家が意見表明 特許制度改革に一石を投じるKSR事件の米連邦最高裁判決(下) 奈良先端科学技術大学院大学 知的財産本部 特任助教授 吉田 哲氏 [2006/11/02] KSR事件・最高裁審議を巡り米国企業・法律家などが相次いで公的に意見を表明 KSR事件の米国連邦最高裁判所における第3審では,裁判の当事者だけでなく多くの企業,知財業務関係者が様々な「意見書(Amicus Brief:関連記事)」を提出している。 その内訳を概観すると,審議開始当初は「動機(motivation)などの記載がなくても技術常識に基づいて進歩性を否定できる」とした第1審の“Flexible Standard(柔軟な基準)”を支持する意見書数が,「進歩性を否定するには組み合わせの動機や示唆についての証拠が必要」とした第2審(連邦巡回控訴裁判所:CAFC)の“Rigid Standard(厳格な基準)”を支持する意見書数を上回っていた。そして,本稿を執筆した2006年10月31日の時点において“Flexible Standard”を支持する意見が依然として優勢であるといえる。しかしながら,最近になってCAFCの判断を支持する意見が多数寄せられており,裁判の様相は複雑化してきている。 “Flexible Standard” の支持意見は,本連載【上】で述べた通り,「組み合わせの示唆は必ずしも引用文献に開示/示唆されていなくてもよい」とするKSR側の見解(地裁判決)を趣旨としている(表1)。 【表1】“Flexible Standard(柔軟な基準)”を支持する意見の趣旨
“Rigid Standard”の支持意見は,「組合せの動機や示唆について引用文献中に記載/証拠(Proof)が必要」とした見解(CAFC判決)を趣旨としている(表2)。 【表2】“Rigid Standard(厳格な基準)”を支持する意見の趣旨
このほかには,上記の両方の見解を支持しないものの,「“Rigid Standard” は過度に厳格であり,見直すべきである」といった「中立的な」意見が存在する(表3)。 【表3】「中立的な」意見
【表4】KSR事件に関して意見を表明している主な企業,団体
※2:H. Milton氏はSuggestion Test自体を否定し,「新規な結果が得られるか否かで判断すべき」との提案を行っている。 ところで,最近はCAFCによる第2審判決を支持する意見の提出が相次いでおり,中には強い説得力を持つ意見も存在する。それゆえ,今後の議論の推移は慎重に注視していく必要がある。その内容としては,「第2審においてCAFCは(“Flexible Standard”と同様の考え方に基づいた)“柔軟な”基準によって判断しており,同控訴判決における適用は妥当である」と説明すると共に,判断の客観性/予測性を担保するために「従来のTSMテスト (組合せの動機や示唆の有無による判断)”以外の判断基準を採用するべきでない」とするものである(表5)。更に,上告人(KSR社)が主張する発明の相乗効果の有無(Synergy Test)を判断基準にすべきとの考えに反対する意見が化学/バイオ研究者等から提出されている(参考ページ)。 【表5】“Flexible Standard”を支持,TSM テスト以外の基準による進歩性の判断に反対する意見を提出した企業と団体
“Flexible”と “Rigid”を巡り裁判外の議論も活発化 発明の進歩性については,裁判所の外においても様々な意見が述べられている。 2005年からの第109次連邦議会では特許制度改革が審議されている(関連記事)。この特許法改正に大きな影響を及ぼしていると見られる,米連邦取引委員会(FTC : Federal Trade Commission), National Research Council ,Congressional Research Service の各報告においても,質の高い特許(quality patents)を実現していくための提案が行われている(参考ページ1,同2,同3)。 米国特許商標庁(USPTO)が発表した2007年開始の「5ヵ年計画」においても,米国の特許は質(quality)の担保が重要な課題であるとし,向上のための方策を列挙している(参考ページ4)。 さらに,KSR事件の第2審で「引用文献における組み合わせに関する示唆」に関して厳格な基準の必要性を示したCAFCが,同事件の連邦最高裁での第3審が開始された後,「引用文献上に組み合わせの示唆が開示されていない場合であっても,組み合わせの容易性は肯定できる」,つまり“Flexible Standard”に基づいて特許権の無効を認定する判決を下している点は興味深い(表6)。 【表6】CAFCが“Flexible Standard”に基づいた特許無効を判断した訴訟
有識者の中には,「CAFCはこうした判決を通じて『TSM テストの適用は,KSR事件で大々的に報道されているような“厳格な適用”をCAFCが意図してはいない』点を最高裁に向けて説明しているのではないか」との意見も出ている(参考ページ7)。 なお,KSR事件におけるFlexible Standardについて,世間に誤解があるとして,知財法学者 R. Polk Wagner教授等はその解説を行う。教授によれば,TSM Testは進歩性を判断する唯一の基準ではなく,TSM Testにより特許の進歩性のレベルが低下しているものではないと説く(参考ページ8)。 KSR事件・連邦最高裁判決の方向性と米国特許制度改革への影響 KSR事件の第3審は本稿執筆時点の2006年10月31日現在も審議中であり,各方面からの意見書も提出され続けている。冒頭で述べたように,これまでに裁判に寄せられた意見書では,厳格なTSM テストの適用,つまり“Rigid Standard”に反対を表明するものが多い。加えて米国内で質の高い特許(Quality Patents)の必要性が多方面から指摘されていることなどを勘案すると,KSR事件の第2審で示された“Rigid Standard”の適用を第3審が支持しる可能性は少ないといえるであろう。しかし,“Flexible Standard”の適用を確認する趣旨の判決が下された場合でも,引き続きこの問題は論議の的になることは間違いない。例えば,TSMテスト以外の基準により,組合せ発明の進歩性を否定できるのか否かである。また,今後の特許審査において後付け(hindsight)的な進歩性の否定などを回避するために,具体的な判断基準の策定や明文化に早急に取り組む必要もある。これらの点については特許権者主体の団体IPOや特許弁護士の団体AIPLAなどが論議の必要性を強く主張している。同様にBSAは「2次的考慮(secondary considerations)」として 例えば「商業的成功」の重視度合いなどを具体的なイシューに挙げている(表4,5)。 更に,進歩性の判断基準として“Flexible Standard”が確認されたとしても,先行技術を組み合わせることに対する「明示もしくは暗示(explicit or implicit)」の動機の立証を審査官に課すならば,従来と同程度でしか進歩性は判断されない恐れがある。 質の高い特許が求められている米国の状況,審査の遅延が深刻化している実務現場を考慮すると,審査官の立証責任を低減と発明の進歩性を(少しでも)向上させる制度こそが必要であるが,最近のCAFC判決を支持する意見の趣旨を考慮すると,連邦最高裁がこうした判決を下る可能性は否定できない。 おわりに 筆者の個人的見解として,このKSR事件が1つの契機となり,今後,米国の特許審査に関して“Rigid Standard”的な考え方は否定される方向に進む(あるいは「進むべき」)と予測する。そのメリットとしてはやはり,特許審査官が「組み合わせ」発明の進歩性を否定する際の立証責任あるいは負担が従来に比べて軽減されることが第1に挙げられる。 1982年にCAFCが設立されるまで,米国において特許権の有効性の判断基準は統一されておらず,権利が無効と判断される可能性は地方裁判所ごとに「ばらつき」があった。その結果,米国内での特許侵害訴訟実務では自己に有利な裁判所と管轄区を選ぶ,いわゆる「フォーラム・ショッピング」のような弊害が蔓延した,といわれている。このような不平等をなくし,できるだけ客観的な判断基準を設定するために,CAFCはTSMテストを用いてきた。「後付け的な理由による特許の無効審査を防止する」という観点では,CAFCによる従来のTSMテストの厳格な運用はおおむね適切であり,大きな成果を達成した,といえる。しかし,長年の運用ではその厳格な基準が個々の審査官の負担となり,ある意味では米国特許の「質」に関わる問題につながってきた。パテント・トロール(Patent Troll)の問題もその延長といえなくはない。 今回のKSR事件に寄せられた「柔軟にTSM Testを用いるべきだ」との意見の背景には,こうした「質」に問題を含む特許権に基づく侵害訴訟やライセンス交渉に多大な負担を要してきた企業,ひいては産業界の必然の要望も含まれていると認識することも可能である。“Flexible Standard”的な考え方に基づく新たな特許審査の判断基準や運用方法が具体化・明文化されていけば,結果的に米国特許の進歩性レベル,言い換えれば特許の質の向上につながる,と期待できる。加えて,進歩性に関する要件を満たすための発明特有の効果,組み合わせの相乗効果などに関する立証責任を出願人側が負う仕組みなどが導入されれば,それは日本や欧州の審査基準や制度と基本的に合致するため特許制度のグローバル化や国際調和といったマクロ的な潮流の加速化にもつながる(関連記事)。 最後に,こうした米国特許審査の進歩性判断に関する動向について報告するに際し,米国内で特許を出願している日本企業には,各自の特許出願戦略の見直しや修正を「柔軟に」取り組む必要性を指摘したい。具体的には,(a)米国など海外出願戦略(出願の取捨選択)の再構築,(b)米国における中間処理の費用削減・時間短縮を念頭に置いたコスト・コントロールの強化,(c)米国での審査などを念頭に置いた日本国内での明細書作成,などについて大局的に検討すべきである。本稿はKSR事件の途中経過を概観しつつ,今後の米国特許審査制度に及ぶと思われる影響について1研究者の視点から予測したものであるが,日本の知財関係者にとって何らかの示唆を含む有用な情報になれば幸いである。 (【上】の記事へ)
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