日経BP知財Awareness

日経BP知財Awareness トップページへ 企業経営関連記事へ CIPO関連記事へ 政策・法制関連記事へ 訴訟関連記事へ 職務発明関連記事へ

人材育成関連記事へ 産学連携関連記事へ 提言関連記事へ 技術&事業シーズ ニュースリリース イベント・セミナー情報



【第1回】
米最高裁が特許の有効性の基準に新たな指針を示す
KSR判決が与える社会へ影響と米国企業の対応,日本企業の取るべき道を分析
− The Sky Is NOT Falling −


[2007/06/08]


 2007年4月30日,米最高裁判所が特許の有効性に関し,これまでの判定基準をくつがえす判断を示した。この判断は,米国社会ばかりでなく,米国で活動する日本企業にとっても大きな影響を及ぼす可能性がある。
 特許の有効性は,「非自明性(進歩性)」,「新規性」,「有用性」などで判断される。このうち非自明性については,公知技術を組み合わせた場合,組み合わせが容易に思いつかないものであれば特許として認められる。逆に特許を無効にするためには,組み合わせが容易であることを証明する必要がある。この証明には,先行技術文献に何らかの指導(teaching)・示唆(suggestion)・動機(motivation)があったかを調べる「TSMテスト」が使われている。今回の裁判では,このTSMテストの運用についての妥当性が争点となった。従来,厳格な運用が求められてきたTSMテストに,当業者の技術常識なども考慮した柔軟なアプローチを適用すべきだとした。この結果,訴訟において特許が無効化される可能性が高まった。
 この訴訟は,特許権者である米Teleflex社が車両を制御するアクセルペダル等の位置をセンサで自動調節する自社特許に関して,競合するカナダKSR International社を特許侵害で訴えたものである。特許の有効性が争点となり,判決は二転三転した。第1審ではTeleflexの特許は無効と判断,第2審の連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は第1審の判断を覆し,特許を有効とした。しかし,今回の米最高裁はCAFCの判定を不適切とし判定のやり直しを命じた。
 本判決は,(1)既存特許への影響,(2)今後の審査への影響,(3)技術分野別の影響(電気機械系,化学医薬系),(4)米国代理人費用への影響,などの米国特許実務に多大な影響を与える要素を含んでいる。本判決に関して,米特許庁や産業界からは様々な意見,提案が出ている。こうした状況について,奈良先端科学技術大学院大学・客員准教授であり,2007年1月から米国のPOSZ LAW GROUP, PLCに所属し,米国知財実務の実践と研究を行っている吉田 哲氏が本判決の主要な論点と産業界の反応を全4回の連載で報告する。連載第1回の今回は,判決の内容に関する解説と米国社会の反応,についてである。

はじめに
 米国特許制度における進歩性(非自明性:non-obviousness)について,米最高裁判所が新しい基準を設けるのではないかとしてKSR事件は大きな注目を集めてきた(関連記事1)。米国社会で大きく報道された判決について,その概要と,米国社会の受け止め方を紹介するとともに,今後の影響とその対応について解説する。

判決の内容
 KSR事件は,米Teleflex社(特許権者)が競合するカナダKSR International社を特許侵害で訴えたことがきっかけとなり,特許権(US Patent 6,237,565,請求項4)の有効性について争ったものである。最高裁での争点は,特許権の有効性の判断のために連邦巡回控訴裁判所(CAFC)が用いてきた特許の進歩性の判断基準である「TSMテスト」の妥当性である。
 TSMテストとは,特許発明が公知技術の組み合わせから成立している場合,それらを組み合わせることの困難性の基準である。CAFCは,進歩性が争点となったこれまでの裁判において,客観的な判断基準を重視し,公知技術の組み合わせを容易として特許を無効とするためには,先行技術文献にそれらを組み合わせることについて何らかの指導,示唆,動機(Teaching, Suggestion, Motivation)が開示されていなければならないとする厳格なTSMテスト(Rigid基準)を採用してきた。

【判決の要旨】関連資料3
 最高裁が示した判断は次の二点に集約される。
(1) TSMテストの利用は妥当であるものの,厳格な運用(Rigid基準)は間違いであり,進歩性の判断には当業者の技術常識なども考慮した柔軟なアプローチ(Flexible基準)を適用すべきである。
(2) ただし,後付的な拒絶理由(hindsight)は禁止されるべきであり,公知技術の組み合わせを容易と判断するのであれば,少なくともその理由は説明しなくてはならない(必ずしも先行文献に基づかなくてもよい)。
 最高裁には,CAFCを支持する多くの意見が提出されたものの(関連資料4),Rigid基準は誤りであると判断された(全裁判官一致の判決)。

米国社会の対応
 (1)社会的注目を集める
 今回のKSR判決は,知的財産関連業界だけでなく社会問題として注目を集めた。経済誌であるWall Street Journalでも翌日の本紙(3面)においてこの事件をLEADING THE NEWSの欄で紹介した。その他の一般紙のほか,法律問題を議論するトーク番組(関連資料5)でもこの事件を取り上げその影響について議論がなされた。それらの見出しは次の通りである。

    ■Patent Holders’ Grip Weakens (The Wall Street Journal
    ■High Court Puts Limits on Patents (The New York Times
    ■Supreme Court Adopts New Standard on Patent Litigation (LAW.COM

 これらの内容の多くは,特許制度の大きな変革であると紹介するとともに,現行の特許制度の問題(例としてPatent Trollの問題)を指摘し,それが今回の判決により矯正されるとの視点を説明する。米最高裁判決を批判する論調ではない。更に,判決の影響は大きいもののその程度は不明であり,今後の行方に注目すべきとの意見を紹介している。

 (2)知的財産関係者の反響など
 知的財産関係者の間でも様々な意見が発表されている。KSR判決の影響として,これから多くの特許が無効とされる,権利取得が困難になる,訴訟が長期化する(費用の高騰)と指摘する意見がある。しかし,判決の影響を認めつつも,今後の経過を冷静に見守る姿勢の意見も存在する(関連資料6関連資料7)。
 その他,2006年11月の公聴会では,TSMテストに対して”gobbledygook(難解な役所言葉)”,”worse than meaningless(意味不明より悪い)”といった厳しい意見が出されており,TSMテスト自体が否定されるのではないかとの予想もあったことから,現状のTSMテストの存続を認めつつ柔軟な適用を求める今回の判決について,妥当すぎて期待はずれといった意見や,CAFCの裁判官から「判断の大きな助けとなる(extremely helpful to have a single opinion)」としたKSR判決を支持する意見も紹介されている(関連資料8)。

KSR判決の影響
 KSR判決は進歩性を高く設定する方向に作用することに間違いはない。しかし,その影響の程度を考えると,既存の特許と今後の審査,また,電気・機械系(コンピュータ関連を含む)と化学・医薬系のそれぞれにおいて異なる影響があるものと考える。大まかな区分けであるものの,KSR判決の影響を次のように考える。

今後の審査
既存の特許
  電気・機械 化学・医薬


 次回以降,以下の4点についてKSR裁判が米国知財実務に与える影響について説明する。
    ■既存特許への影響>
    ■今後の審査への影響
    ■技術分野別の影響(電気機械系,化学医薬系)
    ■(番外)米国代理人費用への影響


David G. POSZ特許弁護士のコメント
Posz Law Group, PLC, Managing Partner

David G. POSZ特許弁護士 KSR判決後,その判決の影響の大きさを懸念する様々な意見がありました。しかしながら,知財関係者の間では「知財制度の大きな転機」といった意見はそのまま受け入れられていないように思えます。この点を理解するには,米特許庁の文化と現状を理解することが必要かと思います。米特許庁がルールを変更する際には,事前の周知を徹底し,パブリックコメントを求めるように,米特許庁はルールの変更に常に慎重な文化を備えています。また,吉田氏が分析するように,米特許庁は,進歩性のレベルをすでに高めていると考えられます。KSR判決は近年の米特許庁の審査基準を変えるというよりも,後押しすると考えることができます。更に,米特許庁のルール変更に対して強い反対の姿勢を示している弁護士団体が存在します(米国知的所有権法協会:American Intellectual Property Law Association,米国弁護士協会:American Bar Association など)。新しい進歩性のガイドラインでは,これらの意見も考慮されると考えます。特許制度において,進歩性は最も重要なポイント(the Heart of the patent system)であり,税率引き上げのような一律的な制度転換をすることは不可能に思われます。
 KSR判決は,現在の米国特許制度が持つ問題点を示してくれました。米特許庁,CAFCはこの問題の解決に向けて動き出すことは間違いありません。しかし,変革時の混乱を極力避けるために,そのための改革は極めて慎重に行われるのではないかと我々は考えております。KSR判決が特許実務に与える影響は決して小さいとはいえないものの,この判決を冷静に受け止め,差し戻されたCAFCでの判決を見守る特許弁護士が多いことも事実なのです。今後の米国知財戦略については,米国における状況を考慮しつつ再構築していくことが望ましいといえるのではないでしょうか。
Sincerely yours
David G. POSZ



吉田 哲氏吉田 哲氏プロフィール
奈良先端科学技術大学院大学・知的財産本部,客員准教授。1999年弁理士登録。
専門は日本および米国の権利化業務,産学連携活動(技術移転),IP法務相談など。
実務面では,2007年1月から米国 POSZ LAW GROUP, PLC(特許法律事務所)に所属
http://www.poszlaw.com/tyoshida-j.html



連載ナンバー 連載第1回 連載第2回 連載第3回 連載第4回



求む、即戦力!特許翻訳者募集

サイト内検索

広告欄

CIPO
CIPO
【特別座談会】 特別座談会
環境技術移転に有効な「WIPO-Green」が始動
〜このままでは日本企業は勝ち残れない

知財ナビ

知財パーソン 知財パーソンの履歴書
知的財産管理技能士から,
知財人材の様々な人物像に迫る


佐原雅史氏(株式会社ブライナ 代表) 知財で働く
第20回
「特許業界への憧れと転職」


米国知財レター

前川有希子の米国特許Insight

永澤亜希子のパリ発・フランス知財戦略
<過去の連載>
シリーズ:新規事業開拓と知的財産

藤森涼恵の知財show me the money

日高賢治の中国知財最前線

柴田英寿のアントレプレナーシップ論 オープンスクール



日経BP社 TechnoAssociates, Inc.