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インク・カートリッジ「再生品」侵害訴訟が問う「特許権の本質」
一橋大学大学院 国際企業戦略科教授・相澤英孝氏に聞く(下)
[2006/01/18]

 「特許製品の再生に関する権利侵害は,技術開発を通じた経済の発展の観点から,大局的な問題の検証が肝要である」。一橋大学大学院 国際企業戦略科教授・相澤英孝氏はこのように指摘する。近年,レンズ付きフィルムユニット,プリンタ用のインク・カートリッジの「再生品」をめぐる侵害訴訟などが増えて,産業界,法曹関係者,学会において多くの議論が生まれている。同様に,この問題は,知的財産権に関する世界的な課題となっている。実際の訴訟における争点と考え方,解決すべき課題を相澤氏に聞いた。
(聞き手は河井貴之=日経BP知財Awareness編集)

インク・カートリッジの「再生品」に関する訴訟(平成16(ワ)8557特許権侵害差止請求事件)では,使用済みの特許製品の再生に対する特許権の効力に注目が集まっている。これはどのような問題か。
 「特許製品が譲渡された後は,特許権は,用い尽くされたものとなり,もはや同一物につき再び特許権を主張することはできない」とする考え方を,「消尽(用尽)」という。この考え方は,「特許権者から正当に購入した特許製品については,使用や再販売といった行為が特許権を侵害しない」ことの根拠となっており,特許製品の円滑な流通を保護するためのものである。
 インク・カートリッジの場合,「販売店あるいは消費者が購入した段階で特許権が消尽している」と考えることができる。それは,特許権者と販売店や消費者の間には,「正当な」譲渡関係があり,そのインク・カートリッジを,(販売店などが)そのまま譲渡したり,(消費者などが)プリンタで利用したりすることは,特許権者,販売店,消費者に想定されている行為だからだ。しかし,インク・カートリッジを使い切り「廃棄物」となった後に,このインク・カートリッジを第三者が収集・加工して「再生品」とすることは,特許権者,さらに譲渡を受けた販売店や消費者が想定している行為とはいえない。
 インク・カートリッジをめぐる侵害訴訟では,塵芥(じんかい)として廃棄されたインク・カートリッジを,(特許権者とは関係のない)事業者が収集し,これを加工・輸入の上,販売しているという実態に注目すべきである(編注)。

 このような状況を鑑みると,本件において,消尽理論に基づいて「特許権が消尽しているから,その使用済みのインク・カートリッジを再生する行為が特許権侵害に該当しない」とは言い難い。  アメリカ合衆国では,使用済みのいわゆる「使い捨てカメラ」の再生について特許権侵害に該当しないとする裁判例がある。しかし,この裁判例では,「外国で販売され,使用済みの使い捨てカメラを,再生して輸入する行為は特許権の侵害となる」としているのであり,特許製品の並行輸入を広く認めている日本の特許法の参考判例にはならないと考えるべきである。
相澤英孝氏
一橋大学大学院 国際企業戦略科教授・相澤英孝氏
1977年,東京大学経済学部卒業。
1983年,東京大学大学院法学政治学研究課博士課程単位取得退学。
筑波大学助教授,早稲田大学助教授,教授を経て,2004年,一橋大学教授,東京大学特任教授,早稲田大学客員教授。
工業所有権審議会委員,産業構造審議会臨時委員。 「バイオテクノロジーと特許法」(弘文堂・1994),「電子マネーと特許法」(編著,弘文堂・1999),「知的財産法概説」(西村ときわ法律事務所共編著,弘文堂・2005)ほか。

編集部注:平成16(ワ)8557特許権侵害差止請求事件について,侵害が争われている再生品に関する一連の加工は中国国内で中国企業が実施しており,被告はその再生品を日本に輸入して販売している(下図参照)。
図版
出所:日本弁理士会提供の資料などに基づき日経BP知財Awareness編集部が作成。

特許権の「消尽」は,経済的利益に対する侵害性の判断を重視すべきということか。
 特許権の本質とは,発明へのインセンティヴを与えることだ。それゆえに,発明や技術開発への投資が促されるように,特許法は解釈されなくてならない。つまり,単に「個々の製品の価格が安くなるかどうか」といったことではなく,「発明や技術開発への投資が十分に実施されるか,あるいは投資を阻害しないか」といった点について,特許権者の経済的利益に対する侵害を大局的に検証することが肝要になる。
 今回のインク・カートリッジの「再生品」に関する侵害訴訟に限っていえば,最先端の技術開発の場におけるライバル間のしのぎ合いでも,互換性を持ったいわゆる「サードパーティ製品」をめぐる争いでもない。技術開発に投資してきた特許権者と「廃棄物」になった使用済みのインク・カートリッジを収集して再生する者,つまりわずかな投資によって大きな利益を得ている事業者との問題である。

この1月31日に知的財産高等裁判所が,インク・カートリッジの「再生品」に関する侵害訴訟の控訴審判決を下す。注目すべきポイントは何か。
 知財高裁の判決は,「修理」や「生産」の判断,消尽理論など具体的な争点に対する司法判断と共に,「特許権の本質は何か」を見極める上で大いに注目すべきである。
 インク・カートリッジの「再生品」には,実は,特許権侵害のほかにも,メーカが直面する事業リスクを検討する上で重要かつ深刻な問題がある。今回の訴訟における直接の争点ではないが,例えば,先に指摘した再生品の品質に対する責任の担保や当初の想定外の再生品の使用に起因して,プリンタの故障のようなトラブルが生じた場合に,誰がどのように消費者に対して責任を負うかといった問題が存在する。市場では,このような非難は,そもそも特許製品を開発・製造しブランド力を有するメーカ側に向けられる可能性が高い。これに対して「再生品」を加工・輸入・販売する事業者は,特許製品が本来有するブランドの力とそれに伴う責任に一種の「ただ乗り」を行っている,ともいえよう。
 今回のような疑問点が多い「再生品」に対して特許権の行使が否定された場合,従来,「使い切り商品」によって得られている消費者の利便性が阻害されたり,プリンタ自体などの製品価格が上昇したりするのではないかとの懸念がある。さらに,こうした「再生品」の存在を認めれば,メーカの技術開発やビジネス・モデル構築に悪影響が及んだり,技術開発の継続を通じたより良き社会の実現が阻害されたりする恐れが存在する。ここに,特許権,ひいては知的財産権の本質を問う上で,今回の判決が注目される所以がある。



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