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発明や特許の価値評価に対するキヤノン田中常務の提言(2) 周囲の技術体系や技術の経時変化を考慮すべし ![]() [2005/04/04] キヤノン常務取締役 知的財産法務本部長 田中信義氏 2005年4月1日から職務発明に関する改正特許法35条が施行される。職務発明問題は会社の経営を左右する大きな問題になっており,今回の改正に合わせて各企業とも職務発明規程を改正したり従業員へ説明したりといった具合に法的リスクマネジメントに多くの時間をかけている。しかし,これだけで会社と従業員をめぐる職務発明対価の問題が完全に解決する訳ではない。中でも,発明の評価・算定方法は依然として大きな問題のまま残っている。この問題に対してキヤノン常務取締役・知的財産法務本部長の田中信義氏が,技術の経時変化に着目した発明評価の考え方を今回初めて提示した。同氏はキヤノンで技術開発,事業,知財,経営の各部門を歴任しており,知財に関する戦略を経営の観点から統括できる立場として最近注目を集めている「知的財産統括責任者(CIPO: Chief Intellectual Property Officer)」の草分けと言える。その経験を基に,発明の価値評価のあり方を,実例を交えて4回連載で詳細に議論している。同氏自らが筆を取って知財Awarenessに寄稿した今回の論文は,これまで知財部門の専権事項であった発明の解釈・評価のあり方に一石を投じており,今後の職務発明訴訟にも大きな影響を与える可能性がある。第2回の今回はレーザー・ビーム・プリンタ(LBP)事業の成功のための課題とその解決策を見ていく。 (日経BP知財Awareness編集委員 久保田茂夫) われわれは,1975年ごろにレーザー技術とNP普通紙複写機を組み合わせた「NP−LBP」技術の開発に成功した。当時LBPを事業として成功させるためには,3つの大きな課題が存在した。 第1の課題は,半導体レーザーの実用化である。すでにHe−Neガス・レーザーが実用化段階に入っており,大型LBPではこれを使っていた。しかし,He−Neガス・レーザーは形状が大きく重かった。小型・軽量のLBPを実現するためには,小型の半導体レーザーの実用化が必須だった。半導体レーザー自体の開発,実用化は他社に任せたが,われわれは,それを使いこなすための技術開発を徹底的に推進した。 第2の課題は,LBP特有のƒ−θレンズ光学系の開発である。LBPでは,スポット状のレーザー光を走査して感光ドラム上で等速運動させる必要があり,このためには普通紙複写機などで使っていた結像光学系ではなく,ƒ−θレンズ光学系を実現させる必要性があった。ポリゴン・ミラーだけを使ってレーザー光を走査すると等角速度運動になるため,これを等速運動に変換するのがƒ−θレンズ光学系の役割である。このƒ−θレンズ光学系の概念自体は米Bell研究所がすでに発明していた。米国で1969年2月に特許を出願し,1971年4月に登録になっている(米国特許3573849)。 第3の課題は,メンテナンスフリー技術の開発である。当時の電子写真技術は,コロナ放電によって感光体表面に静電荷を帯びさせていた。このコロナ放電に使うワイヤーが汚れたり,現像時のトナーなどの取り扱いが複雑だったりしたため,定期的にメンテナンスする必要があった。最初のLBPは大型コンピュータ用の高速プリンタとして特定の顧客向けに商品化されたので,普通紙複写機と同様に保守契約を結んで定期的にメンテナンスすることで対処していた。しかし,不特定多数の顧客によって使われるオフィス・コンピュータ用のプリンタとしては,メンテナンスフリー技術を開発する必要があった。この課題に対して,感光ドラム,現像器,消耗品であるトナーなどを一体化したカートリッジにし,トナーを使い切るとカートリッジごと交換してしまうプロセス・カートリッジ方式が生み出された。このプロセス・カートリッジ方式の導入により,メンテナンスフリーのLBPを製品化することが可能になった。 LBPの商品としての大成功は,これら3つの課題を解決できたことによる。中でも,半導体レーザーの実用化と,プロセス・カートリッジ方式の発明に大きく依存していると言えるだろう。 ポリゴン・ミラーの低コスト化 半導体レーザーの実用化,ƒ−θレンズ光学系の開発,プロセス・カートリッジ方式の導入という3つの技術開発によって実用化したLBPは,各構成部品をそれぞれ小型化・低コスト化してLBP自体の小型化・低価格化を進めていく必要があった。このほかにも,LBPの心臓部である電子写真技術を普通紙複写機用からLBP用に転換するための課題など,大きな技術課題が多数存在したが,本稿ではそれらについての記述は省くこととする。このような構成部品の小型化・低価格の事例として,本稿では構成部品の一つであるポリゴン・ミラーの低コスト化の経緯を示し,この技術の価値をLBP技術体系の中で判断していくことを試みる。 LBPの研究開発の初期段階では,レーザー光の走査にはガルバノ・ミラーを使って検討していた(図4)。しかし,ガルバノ・ミラーは走査速度が低いので,次第に高速走査に適するポリゴン・ミラーが使われるようになった(図5)。 ![]() ただし,当時は十分な加工技術が確立しておらず,高精度のポリゴン・ミラーを製作しようとすると大きなコストがかかってしまっていた。このため,安価に製造できる加工精度の劣ったポリゴン・ミラーを使いながら商業的に向くLBPを実現するためには,以下の二つの問題を解決することが必要だった。 共役型倒れ補正光学系とレーザー変調 一つは,ポリゴン・ミラーの回転中心軸に対して各反射面が平行になっていない問題である。単純な光学系では,ポリゴン・ミラーの反射面ごとに回転軸に対する傾き誤差があると,等速で回転している感光ドラム上でレーザー光を走査する時,レーザー光のピッチ(行間ピッチ)が変わってしまう(図6,図7)。この問題を解決する方法として,ポリゴン・ミラーの反射面と感光ドラムの走査面を光学的共役の関係にするいわゆる共役型倒れ補正光学系を組む方法がある(図8)。共役の関係にすることで,ポリゴン・ミラーの各反射面が傾いても,レーザー光は感光ドラム上の一定の位置に到達するようにできるからである。この共役型倒れ補正光学系を使って問題を解決するという概念は,米IBM Corp.のJ.M.フレイシャー氏が考案した。1971年10月に米国に特許を出願し,1973年10月に登録されている(米国特許3750189)。 ![]() ![]() もう一つの問題は,ポリゴン・ミラーの反射面同士の角度が一定になっていない問題,すなわち多面体の角度誤差の問題である。角度誤差が存在すると,レーザー光を走査するときの開始点が変化してしまう(図7)。この問題は,感光ドラム近傍にレーザー光を検出するための光検出器を配置してこの光検出器によるレーザー光の検出タイミングを基準にしてレーザー光を走査することで解決された。 以上の二つの問題が技術的に解決されることにより,ポリゴン・ミラーの製作誤差の許容度を大きくすることが可能となり,ポリゴン・ミラーを低コスト化できた。 静止ゴースト像の発生とその解決 ポリゴン・ミラーの低コスト化を目的にƒ−θ共役型倒れ補正光学系を導入した結果,有害な静止ゴースト像を従来の方法では除去できないという新たな問題が生じた。当時の感光ドラムは,感光材料としてCdS粉末を使ったCdS樹脂分散系の感光層を採用していたために感光層の表面にはかなりの凹凸があり,レーザー光で感光ドラム上を走査する際にレーザー光が散乱反射を起していた。この散乱反射レーザー光が光学系を逆行してポリゴン・ミラーの隣接面で再度反射し,光学系を通って感光ドラム上に再び当たり,静止ゴースト像が発生する(図9)。この静止ゴースト像を除去するため,ƒ−θ共役型倒れ補正光学系を導入する以前は,レーザー光で走査する面に対して静止ゴースト像を上下方向に移動させる方法を採っていた。しかし,ƒ−θ共役型倒れ補正光学系を導入することで,この方法を使うことができなくなってしまった。 ![]() これに対してわれわれは,ƒ−θ共役型倒れ補正光学系を採用しながら静止ゴースト像の問題を解決できる手法を考案した。具体的には,静止ゴースト像を有効走査領域外に持っていくという考え方である。これは,ポリゴン・ミラーへの入射レーザー光と,ポリゴン・ミラーで再反射された静止ゴースト像を形成する散乱反射光のなす角度が,ポリゴン・ミラーが回転しても4π/N(Nはポリゴン・ミラーの面数)と一定になることに着目した技術である。このことから,静止ゴースト像が有効走査幅の端部に来るのは, α=4π/N−W/D なる関係式が成り立った場合であることが分かる。ここで,αはポリゴン・ミラーへの入射レーザー光と光学系の光軸となす角,Wは感光ドラム上の有効走査幅の1/2,Dは光学系の焦点距離,W/Dはポリゴン・ミラーで再反射された散乱反射光と光学系の光軸がなす角である。この関係式から,静止ゴースト像を有効走査領域外に持っていくためには,レーザー光のポリゴン・ミラーへの入射角αを(4π/N−W/D)より小さくすれば良い。 このアイディアは1981年に日本で特許出願され,1991年に特許出願公告されたのち登録された(特許公報平3−55625)。1981年に出願した特許の特許公報には,ƒ−θ共役型倒れ補正光学系を使ったLBPにおいて入射角αを(4π/N−W/D)より小さくすれば静止ゴースト像を有効走査領域外に持っていくことができ,静止ゴースト像の問題を解決できることが記載されている。 しかし,共役型倒れ補正光学系を採用すると静止ゴースト像が発生すること,およびポリゴン・ミラーへの入射光とポリゴン・ミラーで再反射してくる散乱反射光のなす角度が4π/Nになるという解析は,この発明の5〜6年前の1974年に社内の別の技術者が解析して技術レポートにまとめており,このレポートは社内で配布されて関係者に周知されていた。すなわち,入射角αを小さくすれば,有効走査領域外に静止ゴースト像を持っていくことができるという考えは,すでに社内で知られていたわけである。従って本特許は,入射角αの条件を幾何光学的に解析して数式条件として導き,それを特許のクレーム(特許請求の範囲)に記載することで,数式条件を発明の構成の一部として表記したことになる。そして,この数式条件の表記が,後々この発明の技術範囲を考える際に,種々の問題を提起していくことになった。 < |
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