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東芝・知的財産部長の加藤泰助氏に聞く(下)
「職務発明補償だけが研究者の評価尺度ではない」
[2005/04/18]

東芝・知的財産部長 加藤泰助氏  この20年近くの間,各企業の知的財産部は経営に資することを標榜してきたが,実際に経営に参画してきた知的財産部長は全産業分野を見渡しても,ほんの一握りに過ぎない。時を同じくして情報システム部門が多くの企業において社長直轄の戦略部門化した状況とはあまりに対照的である。しかし,小泉首相自らが「知的財産立国」を主張したことを機に,経営視点から知的財産問題をとらえる力を持った知的財産部長が現れてきた。「深い穴を掘るには広い穴を掘る必要がある」が,経営を含む広く深い穴を掘れる人材が出てきた。今回は,その1人といえる東芝・知的財産部長,加藤泰助氏に知財戦略の全体像を聞いた。
(聞き手は久保田茂夫=日経BP知財Awareness編集委員,
まとめは河井貴之=日経BP知財Awareness編集)

新しい職務発明補償制度を2005年4月1日に開始
 特許法の改正施行に合わせて,職務発明補償に関する新しい社内制度を東芝ではこの4月1日に導入した。
 新しい社内制度を策定する過程では,特に手続きに関する規程の整備に配慮した。なかでも,「不服申し立て制度」を正式に明文化した点が大きい。従来から職務発明補償に関する従業員の質問や照会には,知的財産部として対応してきた。新たに従業員が意見を述べる機会を制度的に社内に設けたことで,2段階の対応が可能になった。
 職務発明に対する補償の基本は,国内出願の特許に対する支給が中心である。ただし,戦略的に特許出願しない発明もあるため,このような場合は出願しなくとも,出願した場合に準じて補償金を出している。出願時の補償金としては,発明数,重要性などに応じて数千円から数万円の範囲で支給している。
 出願時の「譲渡補償」以外にも,社内で実施した時の「実績補償」,他社からライセンス収入があった時の「ライセンス補償」などの制度を設けている(表参照)。
 補償金の額については,上限額の撤廃などを含む改定を2003年に実施して,適切な補償水準をすでに確立していたことから,今回は特に変更していない。

表:東芝における新しい職務発明補償制度の概要

譲渡補償
   ・ 従業員から職務発明の権利の承継を受けた場合に行う
   ・ 出願1件当たりに含まれる発明の数に応じて,出願時に定額を支払う。出願しない場合であっても,一定の補償を行う
実績補償
   ・ 会社において特許発明などを行った際に実施する
   ・ 事業貢献度に基づき発明を評価する。その上で,生産規模などをベースにランクし,ランクごとに定額を支給する
ライセンス補償
   ・ 第3者との間で特許権などの実施許諾契約を締結して会社が実施料収入を得たとき,あるいはクロスライセンス収入額,または支払いを免れたと想定される算定額に応じて,一定の比率を乗じた金額を支給する
(注)  ・ 補償金は退職後も引き続き支給される

「特許法35条の改定は全従業員に関係する経営上の問題」
 新制度を策定するに際して,研究者だけでなく,すべての従業員との間で協議を実施した。具体的には,イントラネットを活用したeラーニングツールによる制度説明と意見聴取での協議,労働組合を通じての協議に加えて,説明会を複数回にわたって開催した。
 最も配慮したのは,会社全体,全従業員が納得できる制度を構築することだった。これは,「特許法35条の改定は,一部の研究者の問題ではなく,すべての従業員に関係する経営上の問題である」との考えに基づいている。
 最近相次いだ職務発明に関する訴訟の多くは,その背景に,「研究者の処遇全般に対する不満」が絡んでいる。しかし,この問題は特許法35条のそもそもの目的とはいささか異なるものである。
 企業の現場で長年にわたって数多くの発明と知的財産に携わってきた立場からいえば,特許法35条が定める職務発明に関する規定自体は,発明のインセンティブを高めたり,発明によって生まれた知的財産権を保護したりするための原則として必要なものだと思う。しかし,同時に,研究者の処遇や発明の価値は,特許法第35条の条文を用いた「対価」という金銭的・経済的な評価だけに集約できないし,「職務」という要素に注目すれば,自ずと「多くの従業員が複合的に貢献して成立する“事業”において,従業員の仕事・貢献度をいかに個別評価するのか」といった新たな問題に直面する。

業績評価には表彰制度や「フェロー制度」などを活用
 マスコミによる報道の中には,職務発明補償の問題を「研究者vs.企業」という単純な対立構図の中で描こうとするものがある。それはあまりに単純化された見方であり,事業,企業の実践というものに対する理解が欠如している。言い換えれば,職務発明補償制度だけに問題を還元して説明したり解決したりすることは不可能である。
 東芝は,職務発明補償制度の意義と目的を,あくまで「出願やライセンスといった各局面における補償の合理性を高めること」に置いている。その上で,発明者の処遇向上やインセンティブの手段としては,表彰制度やいわゆる「フェロー制度」のような,業績評価システムを積極的に活用していく方向である。こうした制度は,職務発明を行った従業員,あるいは研究者に限定した制度ではなく,すべての従業員に該当する制度である。企業の中にはそれぞれの職責があり,どの分野の従業員であっても,一定の公平性に基づいた枠組みの中で功績を評価するべきである。
 2004年,東芝では役員待遇の研究者/専門職が2名誕生した。この際の基準は「発明から生じた収益」ではない。より大きな意味で東芝の事業価値の向上に,その従業員がいかに貢献してきたか,といった視点に基づいて選出された。

「職務発明関連の紛争や訴訟が生じるリスクは今後もゼロではない」
 既存制度の手直しに留まらず,経営の視点から根本的に職務発明制度を検討した企業は少なくないだろう。その一方で,社内規程の見直しなどに四苦八苦している企業も数多く存在すると聞く。大切なことは,社内制度をいたずらに変えることではなく,企業姿勢を明確にした上で,従業員の合意に基づく制度を作り上げることである。
 今回の改定作業が職務発明に関する紛争や訴訟が今後に生じるリスクをゼロにした,とは思わない。しかし,職務発明の評価方法,手続き方法を全従業員に明示・説明して合意が獲得できた結果,職務発明に関するリスクを大幅に軽減できた,と見ている。


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